苦労を押し付ける人の心理とは? 辛い経験を成長の証にしたくなる理由

上司や先輩、親から「自分が若いころは、もっと大変だった」「苦労は買ってでもしろ」と言われ、辛い役回りを求められたことがある方は多いのではないでしょうか。言う側は、相手の成長のためだと考えています。

それでも、苦労を押し付ける人は、自分が経験した辛さをなぜわざわざ他人にも経験させようとするのでしょうか。

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苦労を押し付ける人は、自分が耐えた辛さに意味があったと信じたい

苦労を押し付ける人の心理の根本には、自分が耐えた辛さに意味があったと信じたい気持ちがあると思います。人は、辛い思いをして手に入れたものほど、価値が高いと感じやすいからです。

社会心理学者のアロンソンとミルズは1959年に、恥ずかしい文章を読み上げる課題をこなしてから討論グループに入った人ほど、そのグループを好ましく評価することを実験で示しました(Journal of Abnormal and Social Psychology、59巻2号)。聞かされた討論は、わざと退屈に作ってありました。

人は、自分の行動と考えが合わないと落ち着かなくなり、考えのほうを変えて、合わない状態をなくそうとします。心理学では、これを認知的不協和と呼びます。この実験では、辛い課題をこなしたのに討論がつまらない、という合わない状態を、グループを高く評価し直すことでなくしたと説明されています。辛い思いをして手に入れたものほど、人は価値があったと考えます。

辛さを成長の原因だとみなすと、辛かった過去は自分を誇る理由になる

辛い経験に価値があったと考えた人は、「自分は成長した」と感じることが多いと思います。辛さに耐えて成長した自分は、自分にとって誇れる姿になるからです。

ただ、その実感は、実際に起きた変化と一致しないことがあります。心理学者のフレイジャーらは2009年、2か月のあいだに辛い出来事を経験した大学生122人について、本人が答えた「成長した」という実感と、出来事の前後で測った実際の変化を比べました(Psychological Science、20巻7号)。実感は、実際の変化とほとんど関係がありませんでした。実感と結び付いていたのは、出来事を前向きに捉え直す対処のしかたで、実感が強い人ほど、苦痛はむしろ増えていました。

人が「辛い経験で成長した」と感じるのは、辛さを受け入れるために、経験の意味を考え直した結果であることがあります。 苦労を何度も語る、いわゆる苦労自慢も、この実感を確かめ直す行為だと思います。

辛い経験を乗り越えた人ほど、耐えられなかった人に厳しくなる

辛い経験を乗り越えた人は、その経験をそれほど難しくなかったと感じていることがあります。

経営学者のルッタンらは2015年、いじめのような辛い出来事を過去に乗り越えた人が、同じ出来事に耐えられなかった人をどう評価するかを調べました(Journal of Personality and Social Psychology)。過去に乗り越えた人は、経験のない人や、今まさに経験している人よりも、耐えられなかった人を厳しく評価しました。過去に乗り越えた人は、その出来事を乗り越えやすいものだと感じていて、それが厳しさにつながっていました。周りの人は、経験者ほどやさしいはずだと、逆の予想をしていました。

辛い出来事を乗り越えた人ほど、その出来事をそれほど難しくなかったと感じます。

他人が苦労せずに成長すると、自分が耐えた辛さは要らなかったことになる

ここまでの3つの心理が同時にそろったとき、人は他人に苦労を押し付けると思います。辛さに価値があったと考え直し、その辛さで成長したと感じ、しかも辛さをそれほど難しくなかったと感じている人がいるとします。その人の前で、苦労せずに成長していく後輩がいると、自分が耐えた辛さは要らなかったのではないか、という合わない状態が生まれます。

この「辛さは要らなかったのではないか」という合わない状態をなくす手軽な方法の1つに、相手にも同じ辛さを経験させることがあります。滝行が好きな人は、自分で続ければよいはずです。それを「他人もやるべきだ」と言いはじめたところで、押し付けになります。

この章に書いたのは、上の3つの研究を組み合わせた私の見方です。苦労の押し付けは、押し付ける人が自分の過去を守るための行動でもあると思います。

押し付けられた苦労には、押し付ける人が自分の苦労に意味を持たせたい気持ちが含まれている

この見方をとると、上司や先輩が求めてくる苦労には、その人が自分の過去に意味を持たせたい気持ちが含まれていると考えられます。そう考えると、求められた苦労をこなせたかどうかで、自分の成長や価値を測らずに済みます。

求められた苦労が、自分の仕事や成長に要るものかどうかは、相手の過去とは切り離して考えることができます。苦労を押し付けてくる人のことは、辛かった過去をまだ抱えている人だと受け止めることもできます。

辛さが長く続き、眠れない、食べられないといった形で心身に出ているときは、医師や専門の相談窓口に相談してください。

よくある疑問

Q:辛い経験で成長することは、本当はないのでしょうか。

A:辛い経験のあとに変わる人はいます。フレイジャーらの研究でも、出来事の前後で実際に変化していた人はいて、その人たちは苦痛が減っていました。ただ、それは本人が「成長した」と感じることとは別のものでした。変わったかどうかは、出来事の前後の変化を見て初めて分かります。

Q:苦労を求める人は、相手のためを思っていないのでしょうか。

A:相手の成長を願う気持ちも本人の中にはあると思います。この記事で書いた心理は、その気持ちと同時に働くもので、本人にも見えにくいものです。

成長のもとは、苦労の量より、自分で選んだことに没頭する時間にある

辛さの代わりに人を成長させるのは、自分で選んだ難しい物事に没頭することだと思います。

「楽しいことだけしていると堕落する」と言われることがあります。けれど、楽しいことには、楽なことと違って負荷が含まれています。楽器の練習も、文章を書くことも、うまくいかない時間のほうが長いのに続きます。続くのは、自分で選んだ負荷だからです。

心理学者のライアンとデシは、人が自分から動き続けるには、自分で選んでいる感覚、できるようになっている感覚、人とつながっている感覚の3つが要ると整理しました(American Psychologist、2000年、55巻1号)。3つが満たされると意欲が続き、心の健康も保ちやすく、妨げられると意欲が落ちます。押し付けられた苦労には、1つ目の自分で選んでいる感覚が欠けています。

苦難を乗り越えるより、自分で選んだ難しい物事に没頭するほうが、成長は続きやすいと思います。 押し付けられた苦労の量で自分を測るのをやめて、夢中になれる難しい物事を探してみてはいかがでしょうか。

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