締め切りを守り、資料を仕上げ、会議で説明し、指摘を受けて直す。それを何年も続けているのに、自分が何かを動かした感覚がない。忙しさだけが積み上がって、残っているものが分からない。
なぜ手応えがないのか。世の中に流通している答えは、だいたい決まっています。正当に評価されていないから。成長を実感できないから。誰かの役に立っている感覚がないから。対処として挙がるのは、自己分析をする、少し高い目標を立てる、当事者意識を持つ、それでも駄目なら転職する。
これらはすべて、本人の構えの話です。この記事が立てる問いは違います。自分の仕事がどう効いたのかを知らされない状態は、組織の不備なのでしょうか。それとも、そうなっていること自体に理由があるのでしょうか。
ありがとうと言われても、満たされないことがある
先に、すでに試したことのある答えを引き取っておきます。
一つは感謝の言葉です。顧客や同僚からありがとうと言われた場面を思い出しましょう、という助言はよく見かけます。実際にうれしいですし、効く場面もあります。ただ、感謝は、自分の行為が相手に届いたことは教えてくれますが、その先で何が変わったかまでは教えてくれません。丁寧に対応してくれてありがとう、という言葉と、あの提案で不良率が下がった、という事実は、別の情報です。
もう一つは成長の実感です。これも効きますが、有効な期間に限りがあります。新しい業務を覚えている間は毎月変化が見えるので、成長が手応えの代わりになる。ところが3年、5年と経つと伸びは緩やかになり、同じ物差しでは何も測れなくなります。
3つ目は、会社全体が社会に果たしている役割から逆算する方法です。理屈としては正しいのですが、逆算した貢献は本人の行為とつながっていません。自分がその日休んでいても成立してしまう話なので、手応えには変換されにくいのです。
3つとも、届いたことの確認にはなりますが、届いた先で何が起きたかは含んでいません。
足りないのは評価ではなく、行き先の情報である
ここでこの記事の言葉を一つ作ります。自分の行為が最終的に届いた場所のことを、効き先と呼ぶことにします。
評価と効き先は別のものです。評価は、あなたがどうだったかを他人が採点したものです。効き先は、あなたの行為が何を動かしたかという事実です。高い評価をもらっても効き先が分からないことはありますし、評価されなくても効き先がはっきり見えていることもあります。
手応えを作っているのは、評価ではなく効き先のほうです。褒められた記憶より、あの手順に変えたら問い合わせが半分になった、という事実のほうが長く残ります。
そして、多くの職場に欠けているのは評価の仕組みではありません。効き先を本人に返す仕組みのほうです。ここまでは、経験のある方なら実感と一致すると思います。問題は、なぜ欠けたままなのかです。
効き先を返さない組織は、失敗しているわけではない
ここからは私の解釈です。学説として確立された議論ではありませんので、そのつもりで読んでください。
効き先が返らないのは、多くの場合、仕組みを作り忘れたからではありません。返さないほうが組織にとって都合がよいからです。
全員の効き先が正確に返る組織を想像してみてください。誰の仕事が何をどれだけ動かしたかが、本人にも周囲にも見えます。貢献の大きい人が分かるということは、同時に、貢献の小さい人も分かるということです。そして日本の多くの組織は、貢献の小さい人を切る前提で作られていません。
だから曖昧なままにしておく。誰の手柄か確定しない状態は、誰の不足も確定しない状態でもあります。全員が居続けられる条件として、効き先の不返却が機能しています。
言い換えると、あなたの成果が返ってこない設計は、あなたの立場を守っている設計でもあります。手応えのなさは、その代金として支払われています。
同じ曖昧さが、燃料の取り出しにも使える
ここからが本題です。まったく同じ構造が、逆の目的にも使えます。
効き先を返さなければ、本人は自分の仕事が足りていたかどうかを判定できません。判定材料がない状態で、期待だけが継続的に示されたらどうなるか。人は、足りていない側に解釈します。もっとやれば届くはずだ、と考えて出力を上げます。
この解釈は止まりません。届いたという確認が返ってこないからです。効き先を伏せたまま期待値を上げ続けると、本人の側で際限なく燃料が取り出せます。しかも本人は、自分の意思でやっていると感じています。
守るための曖昧さと、取り出すための曖昧さ。構造としては同じ、効き先を返さないという一点です。目的が違うだけで、働き方はまるで逆になります。
二つは、外から見分けがつかない
読者にとっての実害はここにあります。
守っている組織にいる人も、取り出されている組織にいる人も、日常の見え方は同じです。自分の仕事がどう効いたかは誰も教えてくれない。上司に聞いてもはっきりしない。評価面談は抽象的な言葉で終わる。この体験だけでは、どちらにいるのか判定できません。
だから、多くの人が同じ結論に着地します。自分の努力が足りない、という結論です。効き先が返らないことの意味を、自分の能力の問題として引き受けてしまう。
これは本人の弱さではありません。判定に必要な材料が、構造的に手元に来ないだけです。
判断基準は、要求のほうを見ること
見分ける方法があります。効き先が返るかどうかでは判定できないので、要求の側を見ます。
守るための曖昧さは、要求も一緒に曖昧です。成果の確認が返ってこない代わりに、期待値もはっきり示されません。今年は何をどこまでやれば十分なのかが、最後まで言語化されない。全員を残すための設計なので、当然そうなります。居心地の悪さはありますが、追い込まれてはいません。
取り出すための曖昧さは、非対称になります。成果の確認だけが欠けていて、期待値は毎回明確に上がります。前回より高い数字、より短い納期、より広い範囲。何を達成したかは伏せられたまま、次に何を求められるかだけが具体的に示される。
この非対称が判定点です。返ってこないものと、返ってくるものを並べてみてください。両方とも曖昧なら前者、片方だけが鮮明なら後者です。
見分けたあとに何ができるか、正直に書いておく
判定できたとして、できることは限られます。ここは正直に書きます。
守るための曖昧さの中にいるなら、手応えは自前で作るしかありません。渡した相手に一度だけ聞き返す、担当分の数字を自分で残す、といった作業です。誰も頼んでいないので業務時間の外側にはみ出しますし、追った結果、効いていなかったと判明することもあります。それでも、この環境は敵ではありません。
取り出すための曖昧さの中にいるなら、自前で経路を作っても効きません。効き先を伏せることが設計に含まれているので、可視化しようとする動きは歓迎されないからです。ここでできるのは、要求のほうに上限を置くことだけです。判定材料が来ない以上、どこまでやれば十分かは自分で決めるしかありません。
そして、どちらの場合も、組織の設計そのものは変えられません。上司個人の資質ではなく、その会社がどう回っているかの話なので、内側から一人で動かせる範囲を超えています。
よくある疑問
Q:手応えがないのは、自分の能力が低いからではないのでしょうか。
A:能力とは別の話です。能力が高い人ほど大きな仕事を任され、大きな仕事ほど関わる人数が増え、結果が出るまでの期間も延びます。効き先が遠くなるのは、力量ではなく担当範囲の大きさから起きます。
Q:上司に評価してほしいだけなのでは、と言われました。
A:評価と効き先は別のものです。評価は他人からの採点で、効き先は自分の行為が何を動かしたかという事実です。欲しいのが後者なら、評価制度をいくら整えても満たされません。
Q:転職すれば手応えは戻りますか。
A:戻る場合と戻らない場合があります。分かれ目は職種の魅力ではなく、その会社が効き先を返す設計になっているかどうかです。面接では、直近で入った人が自分の仕事の結果をどう知るのか、を聞いてみると手がかりになります。
Q:うちの会社は、どちらでもない気がします。
A:多くの組織は混ざっています。部署ごとに違うことも珍しくありません。判定は会社単位ではなく、自分がいまいる場所と、直属の上司の下で起きていることを対象にしてください。
曖昧さは、いつも同じ意味ではない
効き先が返ってこないという一つの現象には、二つの意味があります。あなたを残すために誰の不足も確定させない設計と、あなたの出力を上げ続けるために達成を確定させない設計です。
この二つを混ぜたまま考えていると、どちらの環境にいても同じ結論に着地します。自分の頑張りが足りない、という結論です。それは、判定材料が手元に来ないことの結果であって、あなたの性格の問題ではありません。
あなたの職場で伏せられているのは、成果の確認だけでしょうか。それとも、要求のほうも一緒に曖昧なままでしょうか。







