昨日の会議で決めたことが、今日になっても動いていない。指示は明確に出しましたし、質問も受けて期限も共有しました。それでもメンバーは、言われた範囲のことだけをやって止まっています。
慕われるリーダーになるための条件は、だいたい決まった形で語られます。決断力を持つこと、人の話を最後まで聞くこと、誰よりも学び続けて失敗の責任を引き受けること。どれも正しい話ですし、実際にひととおりやってみたという方も多いはずです。
この記事が立てる問いは違います。それを全部やっている人が、なぜ慕われないのでしょうか。
世の中で言われる慕われる条件は、どれもリーダーを大きく見せる方向を向いている
先に挙げた条件を、もう一度並べてみます。決断力、豊富な知識、前向きな姿勢、そして率先して手本を示すこと。これらはすべて、リーダーが優れていることを示す方向を向いています。
条件を満たすほど、部下から見たあなたは大きくなっていきます。判断はあなたのほうが速く、知識もあなたのほうが多いという構図が固まると、部下の側には自分が考える必要はないという結論だけが残ります。
慕われるという言葉は、この構図の上では成立しにくくなります。尊敬は集まりますが、それは距離を置いた尊敬です。近づいてくる理由が、どこにも用意されていません。
条件を満たすほど、手元に届く情報が減っていく
この構図は、好かれるかどうかとは別のところにも影響します。決断が速いリーダーのところには、まだ決まっていない話が持ち込まれなくなります。知識が豊富なリーダーのところには、前提の怪しい相談が持ち込まれなくなります。
手元に届くのは、形の整った報告だけになっていきます。判断の材料が減っているのに、判断の量だけは増えていく状態です。慕われないという悩みの下には、たいていこの実務上の問題が同時に走っています。
指示を出すことは、自分の判断を相手の判断より上に置くことである
指示を出すという行為には、伝えている内容とは別の意味が乗っています。自分の判断を、相手の判断より上に置くという意味です。
指示が正しいかどうかは関係ありません。むしろ正しいほど、この意味は強く働きます。反論できない指示を受け取った人は、自分の考えを出す機会をその場で一度失っているからです。
冒頭の、決めたことが動かないという状況に戻ります。あれは指示が伝わっていない状態ではなく、指示は伝わったが自分の判断としては受け取られなかった状態です。誰かが決めたことを実行するだけの仕事は、当日の朝になると優先順位の下のほうに沈みます。
目の前で起きたことに、人は反発できない
命令には、反発する余地があります。従うかどうかを相手が選べるからです。ところが、目の前で実際に起きたことには、反発する手段がありません。
リオネル・メッシは、試合中に味方へ細かく指示を出す選手ではありません。声も動きも少なく、走らずに歩いている時間が長いことで知られています。それでも周囲の選手は、彼が動いた後で自分の立ち位置を変えていきます。
順序が逆になっているところが要点です。指示されたから動くのではなく、起きたことを見てから自分で合わせにいく。動いた理由が自分の側にあるので、その動きは最後まで本人のものとして残ります。
手本を示すこととは違う
これは率先垂範とは別のものです。手本を示すという行為には、相手を動かすという目的が最初から入っています。目的が入っていると、見ている側にはそれが伝わってしまいます。
見せるためにやっていることは、相手にとって新しい命令に変わります。だから、やって見せているのに誰も真似しないという事態が起きます。真似されるのは、真似させようとしていない動作のほうです。
ミスを責めた瞬間に、その人は自分で決めるのをやめる
ミスを指摘するとき、指摘した側は自動的に正しい側に立ちます。これは本人の意図とは関係なく起きることです。
責められた人が次にすることは、判断を上司に返すことです。自分で決めて間違えるより、確認を取ってから動くほうが安全だからです。恐怖で締める形のリーダーが短期的には機能するのに長続きしないのは、この積み重ねがあるからだと考えられます。
Q:ミスを指摘してはいけない、ということでしょうか。
A:事実を伝えることと、責めることは別の行為です。何が起きたのかを一緒に確認するところまでなら、判断は相手の側に残ります。責めるという形になるのは、そこにあなたが間違っていたという位置づけが加わったときです。この一言があるかないかで、次に相手が自分で決めるかどうかが変わります。
その人と組むと成果が出るという実感が、人格への評価より先に来る
慕われるという現象は、人格への評価から始まるわけではありません。先に来るのは、この人と組むと自分の成果が上がるという実感のほうです。
2021年7月10日、アルゼンチンはマラカナン・スタジアムでブラジルを1対0で下し、28年ぶりにコパ・アメリカを制しました。決勝点を決めたのはアンヘル・ディ・マリアで、メッシにとってはシニア代表での主要国際タイトルが初めてでした。メッシと同じチームでプレーした選手が、その期間に自分のキャリアで最も良い数字を残した例は、ほかにも複数あります。
ここは因果として断定できません。指摘できるのは、そういう時期が重なっているという事実だけです。ただ、支持の土台が信仰ではなく実感であるとき、その支持は簡単には崩れないとは言えそうです。
成果を語るときの主語が、そのまま取り分になる
プロジェクトが終わったとき、誰の口から誰の名前が出るか。ここで取り分が決まります。
自分が方針を決めたと言えば、成果はリーダーのものになります。現場が判断したと言えば、成果は相手のものとして残ります。事実としてはどちらも正しいことが多く、だからこそ、どちらを言うかは選べます。
一度も折れたことがない人を、人は守ろうとしない
弱さを見せないリーダーは、周囲から守られません。守る必要がないと判断されるからです。
2016年6月、メッシはコパ・アメリカ・センテナリオの決勝でチリに敗れ、PK戦でキックを失敗しました。その直後に代表引退を表明し、撤回を発表したのは同じ年の8月12日でした。
折れて、戻ってきた。この往復があると、周囲の人は彼を支える側に回ります。完璧なまま立ち続けている人には、支える余地がどこにも残っていません。
大きく見せないやり方のコストを、正直に書いておく
ここまでの話には、はっきりしたコストがあります。大きく見せないやり方は、実力が伴っていないと、ただの不在になります。
メッシの場合に指示がいらないのは、彼のプレーが誰よりも先に答えを出しているからです。同じことを実力の伴わない人がやると、周囲には放任としか映りません。公平を期すために書いておきます。
もう一つ、時間がかかります。指示で動かせば今日から変わりますが、相手が自分で決める形は、決められるようになるまで待つ必要があります。期限が迫っている場面には、この方法は向いていません。
実力が追いつくまでの間にできること
全部を渡す必要はありません。渡す範囲を先に決めて、その中では口を出さないと宣言しておく。範囲の外は、これまで通り指示を出して構いません。
範囲が狭くても、渡したことは相手に伝わります。今週出した指示のうち、相手が自分で決められたはずのものを一つ選ぶところから始められます。
慕われることは、目的にできない
慕われることを目的に置くと、この構造は必ず壊れます。目的にした時点で、慕われているリーダーという像を自分で作りにいくからです。それは、自分を大きく見せる動きそのものになります。
渡せる判断基準は一つだけです。いまやろうとしている行動が、相手を動かすためのものかどうか。動かすためにやっているのならそれは相手の取り分を取りにいっていますし、自分がやるべきだからやるのなら取りにはいっていません。
慕われるリーダーは、慕われようとしていません。ただ、相手の取り分を減らさない選択を積み重ねているだけです。明日の朝いちばんに出す指示を一つ思い浮かべて、それが本当にあなたの決めなければならないことかを確かめてみてはいかがでしょうか。
