旅行は人生の幅をひろげるのか?

旅行は人生の幅を広げると言われます。旅行で人生が変わった、インドに行って人生観が変わった、という話もよく聞きます。

しかし、私は大学生のとき、バックパッカーとして1〜2ヶ月旅をしても、自分の幅が広がったとは思えませんでした。旅行が幅を広げることはあると思いますが、その可能性は高くないと思います。

なぜ旅行では幅が広がりにくいのか。幅を広げる可能性が高い経験は何か。順に書きます。

目次

旅先では、もてなす人がこちらに合わせてくれる

旅行では、こちらはお客様なので、自分を変えなくても旅行が成り立ちます。旅先の人はもてなす側で、こちらに合わせて動いてくれます。困りごとも先回りで片付けてくれるので、判断を迫られる場面も、読み違えて失敗する場面もほとんどありません。

旅先で出会う人との関係も、こちらが変わらなくても成り立ちます。相手はもてなす側で、こちらは一度きりの客なので、利害がぶつかる前に関係が終わります。商売抜きの親切もありますが、それも一度きりで、こちらが言い方や考え方を変える必要はありません。

バックパッカーでさえ、行く先々で起きることはだいたい予想の範囲に収まっていました。予想から外れる旅をしようとすると、危ない地域へ行くしかありません。安全な場所には、安全に楽しめるように整えられた体験しかないからです。

旅先で、自分の当たり前が世界の当たり前ではないと知ることはできます。ただ、それは知ることで終わり、自分を変えることまでは求められません。YouTubeで観ても現地へ行っても、細かさは違いますが、用意されたものを受け取っている点は同じです。

旅をした時間が長くても、創造性は上がっていなかった

海外経験を調べた研究でも、創造性と関係があったのは、現地で暮らした時間でした。旅をした時間が長くても、創造性も、交渉がまとまる割合も上がっていませんでした。

ウィリアム・マダックスとアダム・ガリンスキーは、海外経験と創造性の関係を5つの研究で調べました(Journal of Personality and Social Psychology、2009年)。海外に住んだ期間が長い人ほど、創造性の課題でよい答えを出していました。海外を旅した期間が長くても、よい答えは増えていませんでした。

利害がぶつかる交渉でも、同じでした。2人で交渉をまとめる課題では、海外に住んだ期間が長い人ほど合意に届きやすく、旅をした期間は関係がありませんでした。さらに、住んだ人の中でも、現地の文化に自分を合わせた度合いが大きい人ほど、創造性が高くなっていました。

研究者が測ったのは、創造性と交渉の結果です。人生の幅そのものを測ったわけではありません。それでも、変化が見られたのは、自分を相手に合わせ直した人でした。旅行が創造性を高めると紹介されることもありますが、元になった研究が示したのは、暮らした人の話でした。

「経験に投資しろ」の元になった研究は、幸せを測っていた

「物より経験にお金を使え」という話にも、元になった研究があります。その研究が測ったのは幸せの感じ方で、人生の幅や成長ではありませんでした。

リーフ・ヴァン・ボーヴェンとトーマス・ギロヴィッチは、物を買ったときと、旅行や食事のような経験を買ったときで、どちらが幸せを感じるかを比べました(Journal of Personality and Social Psychology、2003年)。経験を買ったときのほうが、人は幸せを感じていました。

この結果を「経験に投資しろ」と言い換えて、成長の話として語る人がいます。旅行やレジャーを売る側にとって、都合のよい言い換えだと思います。

投資と呼べるのは、次に持ち越せるものがある経験です。旅行は、満足を買う消費としてはよくできています。ただ、次の仕事や次の人間関係に持ち越せるものは、ほとんど残りません。

人生の幅を広げるのは、利害がぶつかる相手との調整である

旅行で持ち越せるものが残りにくいなら、何をすれば残るのか。利害がぶつかる相手との調整は、自分を変えないと前に進まないので、人生の幅を広げます。

仕事での利害調整を、旅行と並べると以下のとおりです。

比べる点旅行仕事での利害調整
だれがだれに合わせるか相手がこちらに合わせるこちらが相手への合わせ方を探す
結果が読めるかだいたい予想の範囲に収まる読めない
自分の判断に結果がつくかほとんどつかないつく。外れたら困る
相手との関係が続くか一度きりで終わる続くので、変えた結果を確かめられる
次に持ち越せるものほとんど残らない調整の仕方と、相手からの信頼

仕事だけでなく、AIとの壁打ちでも同じことが起きます。問いを立て、返ってきたものを見ると考えが組み直され、次の問いが出てきます。私はこのやりとりで、見たことのない景色が広がっていく感じがします。考えが整うと仕事での打ち手が変わり、打ち手が変わると相手や状況が動き、その結果を見てまた考え直します。このやりとりが続く限り、変化が積み上がっていきます。

よくある疑問

Q:留学や海外赴任でも、人生の幅は広がらないのでしょうか。

A:広がる可能性は高いと思います。現地で暮らすと、仕事や生活で利害がぶつかる相手ができ、自分を合わせ直す場面が続くからです。お客様として訪ねる旅行とは、別の経験です。

Q:旅行で人生が変わったと言う人には、何が起きているのでしょうか。

A:多くの人は、強い刺激を受けて、変わった気になっているのだと思います。本当に変わったかどうかは、帰ってきてから考え方や行動が変わったかで確かめられます。刺激の強さと、実際に変わったかどうかは別のことです。

Q:旅行に行く意味はないのでしょうか。

A:楽しむためなら、十分に意味があります。満足を買う消費として、旅行はよくできています。人生の幅を広げたいなら、旅行よりも、利害がぶつかる調整の場に出るほうが近いと思います。

経験に投資するなら、仕事で利害の調整を引き受ける

旅行は、人生の幅を広げることもあります。ただ、広げる可能性が高いのは、仕事での利害調整や価値創造のように、自分の打ち手で相手や状況が動く経験です。

経験に投資したいと思ったら、旅行の計画を立てる前に、相手と利害がぶつかっている仕事の調整を1つ引き受けてみてはいかがでしょうか。

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