東大総長は、どのようなプロセスで学内投票2位の藤垣裕子氏に決まったのか?

2026年9月28日、東京大学は次の総長に藤垣裕子教授を選びました。教職員の学内投票で1位だったのは染谷隆夫副学長で、藤垣氏の2倍の票を集めていました。

投票で1位の人が選ばれないなら、学内投票は何のためにあるのでしょうか。ノリで決めたわけではないはずで、どんな手順で決まったのでしょうか。

東大の制度では、学内投票は判断材料の一つで、総長を決めるのは学外8人と学内8人でつくる選考会議です。そうなっている理由と、まだわかっていないことを、表と図で整理します。

目次

9月28日の学内投票では、染谷隆夫副学長が過半数を取った

2回目の学内投票で、染谷氏は投票数2,169票のうち1,107票を取り、過半数に届いていました。 同じ日、選考会議は2位の藤垣氏を総長予定者に決めました。投票1位の候補が選ばれなかったのは、東大で初めてです。

2回目の学内投票の得票。染谷隆夫1,107票、藤垣裕子553票、山本隆司451票、白票58票。過半数は1,085票

投票資格を持つ教職員は2,583人です。1回目で過半数を取った候補がいなかったため、上位3人で2回目を行いました。得票は以下のとおりです。

候補者1回目の得票2回目の得票
染谷隆夫(執行役・副学長、工学系研究科教授)818票1,107票
藤垣裕子(総合文化研究科教授)400票553票
山本隆司(理事・副学長)377票451票
大越慎一(執行役・副学長、理学系研究科教授)363票対象外
菅野暁(理事)152票対象外
白票45票58票
投票数(合計)2,155票2,169票

(東京大学「次期総長予定者の藤垣裕子教授が会見」2026年9月29日、リセマム 2026年9月28日、高校生新聞 2026年9月28日)

総長は、半年かけて8つの段階で決まる

学内投票は8つの段階の6つ目で、その次の段階で総長選考・監察会議が総長予定者を決めます。 流れは以下のとおりです。

時期誰が何をしたか
2026年4月7日総長選考・監察会議選考の開始を公示
4月から6月経営協議会と、各部局の代議員会第1次候補者を推薦
7月1日総長選考・監察会議第1次候補者9人を決定
8月中旬総長選考・監察会議面接などで第2次候補者5人に絞る
9月28日投票資格を持つ教職員学内投票(2回)
9月28日総長選考・監察会議5つの材料を総合的に考慮し、藤垣氏を総長予定者に決定
9月28日東京大学文部科学大臣へ申し出
2027年4月1日文部科学大臣任命し、藤垣氏が就任(予定)

会議が考慮する5つの材料は、東大の内規第16条に書かれています。

  • 候補者が出した資料
  • 推薦書
  • 面接を含む調査
  • 所信表明
  • 学内投票の結果

(東京大学「総長選考プロセスのイメージ」「総長選考・監察会議内規」2025年12月1日改正)

総長を決めるのは、学外8人と学内8人でつくる選考会議である

国立大学法人法第12条は、学長を選ぶ権限を「学長選考・監察会議」に与えています。 東大では学長を総長と呼び、この会議を「総長選考・監察会議」と呼びます。会議の議事は、議長を除く出席委員の過半数で決めます(内規第2条)。

法律は、会議を学外と学内から同じ人数で構成すると定めています。東大の会議は以下のとおりです。

比べる点学外の委員学内の委員
人数8人8人
選ぶところ経営協議会教育研究評議会
今回の顔ぶれ企業の経営者、団体の役員など研究科長、研究所長

議長は、学外の委員で東京藝術大学理事の国谷裕子氏です(東京大学「総長選考・監察会議委員名簿」2026年7月6日現在)。

学内投票は、総長になる人が学内の信頼を得られるかを確かめるためにある

東大は学内投票を、総長になる人が学内の構成員と信頼関係を築き、その信頼をもとにリーダーシップを発揮できるかを確かめるための「一つの参考」と位置づけています(東京大学 総長選考・監察会議 第2回資料、2026年4月22日)。

国立大学法人法には学内投票の規定がなく、学内投票は東大が内規第15条で自ら定めている手続きです。会議が定めた「求められる総長像」には、学内外からの信頼のほかに、国際的な視野、ガバナンスの力、財務の基盤を強くする経営の力なども並んでいます。学内投票が主に確かめているのは、このうち学内からの信頼だと思います。

国は、学内投票で学長を決めない方向へ制度を組み替えてきた

学内投票の結果を参考にとどめる形は、国が2020年から、指針と法律を順に変えてつくってきたものです。 主な動きは以下のとおりです。

時期誰が何を決めたか
2020年12月文部科学省の検討会議学長選考会議は意向投票の結果に拘束されてはならず、過度に学内の意見に偏るやり方は避けるべきだとした
2021年5月国会(2022年4月施行)国立大学法人法を改正。会議を「学長選考・監察会議」に改め、学長を委員にできなくした
2024年7月(改訂版)国立大学協会ガバナンス・コードで、会議は「意向投票によることなく」選び、選考過程と理由を公表しなければならないとした
2025年10月東大の総長選考・監察会議投票の回数を最大4回から2回に減らし、全ての回の得票数を公表すると決めた

文部科学省の検討会議の報告の題は「社会変革を駆動する真の経営体へ」です。国がこの方向に進んだのは、学長を学内の支持だけで選ぶと、大学を経営する力を持つ人が選ばれにくいと考えたからだと思います。投票2位の候補が選ばれることは、この制度がはじめから起こりうるとしていたことです。

会議が公表した選考理由は「学術への信頼の回復」だった

東大が公表した選考理由の中心は、藤垣氏が学術への信頼を回復する強い意志と能力を備えていることです(東京大学「次期総長予定者 選考結果、選考理由及び選考過程」2026年9月28日)。国谷議長は、投票結果と違う決定について「丁寧かつ真剣な協議を繰り返した結果」だと述べています(東京大学「次期総長予定者の決定について」)。

東大では医学部の教員が収賄の疑いで逮捕・起訴されるなど不祥事が続き、国の「国際卓越研究大学」の選定では「審査継続」とされています(日本経済新聞 2026年9月29日)。藤垣氏の専門は、科学技術と社会の関係を扱う科学技術社会論です。公表された理由と、この状況と、藤垣氏の専門は同じ方向を向いていますが、会議がこの状況をどれほど重く見たかは書かれていません。

投票1位ではない候補が学長に選ばれた例は、2025年の新潟大学(投票2位)、2026年の京都大学(投票3位)にもあります(石渡嶺司氏、Yahoo!ニュース エキスパート 2026年9月29日)。

公表されていないのは、染谷氏を選ばなかった理由と会議の議論である

公表された選考理由は藤垣氏について書かれたもので、染谷氏を選ばなかった理由は書かれていません。 公表されていることと、されていないことは以下のとおりです。

比べる点公表されている公表されていない
学内投票2回分の得票数なし
会議が考えた材料5つの材料の種類材料ごとの重み
選考理由藤垣氏を選んだ理由染谷氏を選ばなかった理由
会議の議論議長の「丁寧かつ真剣な協議」という説明誰がどの候補を推したか、採決をしたか、したなら何対何か

ガバナンス・コードは、会議に選考の過程と理由の公表を求めています。「総合的に勘案」という説明では足りないという批判もあり、元衆議院議員で弁護士の山尾志桜里氏はXで「『総合的に勘案』という曖昧説明では女性優遇にしか見えず」と書いています(石渡嶺司氏の記事による)。東大はこれまでの会議の議事録を公開しているので、9月28日の議事録が出れば、議論の一部はわかるはずです。

よくある疑問

Q:学内投票で2位の人が選ばれるのは、ルール違反ではないのですか。
A:ルール違反ではありません。国立大学法人法は学長を選ぶ権限を学長選考・監察会議に与えており、学内投票の規定はありません。東大の内規も、学内投票の結果を5つの材料の1つとしています。

Q:学内投票はなくなるのですか。
A:わかりません。東大は2026年4月の会議で、総長になる人が学内の信頼を得られるかを確かめる参考として、学内投票を引き続き使うとしています。

会議が投票結果と違う決定をしたとき、会議に問われるのは理由の説明である

投票2位の候補が選ばれうる仕組みが信頼されるかどうかは、決定の理由を会議がどこまで外に説明できるかで決まると思います。 9月28日の会議の議事録が公開されたら、5つの材料のうち何が決め手になったのかを、ご自身で確かめてみてはいかがでしょうか。

出典

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