米国のAI企業アンソロピックが、日本の書籍を大量に買い、裁断してスキャンし、AIの学習に使っていたとみられています。本を売ったのは、出版取次大手・日販グループの海外事業子会社である日販アイ・ピー・エスです。
出版関係者からは「許せない」という声が出ています。
しかし、日本の著作権法は、AIの学習のために著作物を使うことを原則として認めています。では、何が問題になっているのでしょうか。
論点は、法律の論点とモラルの論点の2種類に分けられます。
日販の海外子会社は、2024年12月から約1年間、アンソロピックに本を売っていた
報道と米国の裁判資料から分かっている経緯は、以下のとおりです。
| 時期 | 誰が | 何をしたか |
|---|---|---|
| 2024年11月 | 日販アイ・ピー・エス | アンソロピックと取引の契約を結んだ(報道による) |
| 2024年12月〜2025年12月 | 日販アイ・ピー・エス | アンソロピックに日本の書籍を販売した(報道による) |
| 2025年6月23日 | 米国の連邦地裁 | 著者らがアンソロピックを訴えた裁判で、購入した本のスキャンと学習をフェアユースと判断した |
| 2026年9月 | 日経ビジネスなど | 米国の裁判資料から、日販とアンソロピックの契約を報じた |
| 2026年9月17日 | 日本書籍出版協会(書協) | 日販に、事実の確認と説明を求める文書を送った |
| 2026年10月6日 | 日販 | 書協への書面回答で、アンソロピックへの販売を認めた |
裁判資料には、アンソロピックが日本の本のデータを処理するために、「Nippan Loader」というプログラムを作っていたことも記されています。売った冊数は、裁判資料では黒塗りになっています。日本の本がどの国でスキャンされたかは、公表されている資料からは分かりません。
日販グループは、販売先がアンソロピックだったことを認め、AI学習に使われると認識して売ったのではないと説明しています。日販グループは9月の時点で、「AI企業の学習向け用途と認識したうえで販売した事実はない」と説明していました。
一度売られた本を転売することに、著作権法の譲渡権は及ばない
まず本を売った側について見ると、著作権法26条の2は、著作権者に作品を譲渡する権利を認めたうえで、著作権者やその許諾を得た人が一度売った本には、その権利が及ばないと定めています(第2項)。条文の上では、仕入れた本を誰に売るかを、著作権で制限する仕組みにはなっていません。
本を売った側について法律で問われうるのは、出版社と取次のあいだの契約です。本は、出版社が決めた値段で売ることを、独占禁止法23条4項が例外として認めています。この値段を守る約束が、出版社・取次・書店のあいだで結ぶ再販契約です。
書協は日販に、再販契約を結んでいない海外の企業と大量・多額の取引をしたのなら、それはどのような契約だったのかを説明するよう求めました。報道で伝えられている日販の回答は、販売を認めたことと、契約と販売の時期までです。
スキャンと学習に当てはまる法律は、どの国で行われたかで変わる
次に本を買った側については、スキャンと学習を米国で行ったなら米国の法律、日本で行ったなら日本の法律が問題になります。
国をまたぐ場合も、行為ごとに、どこかの国の法律で問われます。著作権は、行為が行われた国ごとに、その国の法律で判断するのが基本の考え方です。別の国でスキャンし、そのデータを米国のサーバーへ移して学習したなら、スキャンはその国の法律で、サーバーへの複製と学習は米国の法律で問われることになります。米国の部分については、下の連邦地裁の判断があります。日本の著作権法については、文化庁の「考え方」が、AIの開発が日本にあるサーバーの上で行われる場合は当てはまる可能性が高いとしています。
米国では、2025年6月23日に、カリフォルニア州北部地区の連邦地裁が判断を出しています。著者らがアンソロピックを訴えた裁判です。アンソロピックは数百万冊の紙の本を、多くは中古で買い、製本を外してスキャンし、紙の原本を廃棄していました。裁判所は、行為を3つに分けて判断しました。
| 行為 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| 購入した紙の本をスキャンして電子化する | フェアユースに当たる(許諾なく行える) |
| 本をAIの学習に使う | フェアユースに当たる(許諾なく行える) |
| 海賊版サイトから入手した本を保存しておく | フェアユースに当たらない |
海賊版の分については、15億ドルの和解が2026年7月に最終承認されました。
日本では、著作権法30条の4が当てはまります。作品を読んで楽しむことを目的としない利用、たとえばAIの学習のための解析は、必要な範囲で許諾なく行えます。ただし、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は除かれます。
文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月15日)は、この但し書きに当たる例として、解析用に整理されたデータベースが販売されているときに、それを解析のために複製することを挙げています。紙の本を買ってスキャンする場合とは、形が違います。
米国では連邦地裁が購入した本のスキャンと学習を認めており、日本では30条の4が原則として認めたうえで、但し書きに当たるかが論点として残っています。
モラルの論点は、法律で認められるかどうかとは別のところにある
法律の論点とは別に、モラルの面で問われうる論点を並べると、以下のとおりです。
| 論点 | 起きたこと | 法律ではどうか |
|---|---|---|
| 出版社が、売り先と使い道を知らなかった | 書協は、加盟社の本が含まれていたかを日販に問い合わせている | 著作権法では止められない。出版社が一度出荷した本は、取次がその先どこに売っても、著作権者の譲渡権は及ばない(26条の2第2項)。問われうるのは、出版社と取次の再販契約のほう |
| 本が裁断され、廃棄される | 裁判資料では、製本を外してスキャンし、紙の原本を廃棄したとされる | 米国の連邦地裁は、購入した本の電子化をフェアユースと判断した |
| 補償の対象から外れる | 15億ドルの和解は海賊版の分で、対象は米国著作権局に登録された本。英語以外の作品の多くは登録されていない | 購入した本の学習は、和解の対象ではない |
| 学習に使うことへの許諾と対価 | アンソロピックが払ったのは、本の代金 | 日本では30条の4により、原則として許諾も対価も要らない。学習用のデータベースが販売されている場合は、但し書きに当たりうる(文化庁) |
上の4つの論点は、どれも法律の判断とは別に、今回の売り方と使われ方を、出版社や著者が受け入れるかどうかを問うています。
ここからは私の解釈です。本1冊の値段は、人が読むことを前提に決められています。その本が学習に使われると、払われたお金と、本の使われ方の範囲が合わなくなります。対価を問う声は、このずれから来ているのだと思います。
法律の論点とモラルの論点を並べると、こう分かれる
ここまでを並べると、法律の論点とモラルの論点は以下のように分かれます。
| 区分 | 論点 | いまの状況 |
|---|---|---|
| 法律 | 日本でスキャンと学習をした場合に、30条の4の但し書きに当たるか | 文化庁が挙げた例は、販売されている学習用データベースの複製で、紙の本の場合とは形が違う |
| 法律 | 再販契約を結んでいない海外企業への大量の販売が、出版社と取次の契約に合っていたか | 書協が日販に説明を求めている |
| モラル | 売り先と使い道、本の廃棄、補償の対象、学習への許諾と対価 | 法律が認めるかどうかとは別に、出版社や著者が受け入れられるかどうかの問題 |
法律の論点は、30条の4の但し書きと、出版社と取次のあいだの契約にあり、モラルの論点はそれとは別に残っています。
あなたが本を書く側、出版する側なら、4つのモラルの論点のうち、どれがいちばん受け入れにくいでしょうか。







