悪い情報が上がってこない理由の1つは、不祥事の後に処分を全社へ伝えることです。経緯を知らされない社員は、問題に関わった人が処分されたと受け取り、問題に近づかないようになります。
しかし、報連相のルールを決め、1on1や心理的安全性の研修を入れている会社もあります。それでも悪い情報が上がってこないのは、報告を促す工夫と、報告が止まるきっかけになる出来事が、別の場面で起きているからです。
この記事では、処分の伝え方が報告にどう影響するかと、全社に何を伝えればよいかを順に説明します。
社員は、職場で起きた出来事を見て黙るようになる
同じ人でも、職場が変わると振る舞いが変わります。前の職場で会議に反対意見を出していた人が、転職先では頷くだけになることがあります。
人は、書かれたルールより、目の前で起きた出来事から、何を言えばどうなるかを覚えると思います。一度見れば、それで十分に伝わってしまいます。
探すべきなのは、社員に黙るほうが得だと思わせた出来事です。
報告を促す工夫と、報告が止まるきっかけは、別の場面で起きる
報告を促す工夫は、上司と部下が向き合う場面で行われます。報告が止まるきっかけになる出来事は、全社会議や社内通知のように、本人と直接やりとりしない場面で起きます。
| 項目 | 報告を促す工夫 | 報告が止まるきっかけ |
|---|---|---|
| 起きる場面 | 1on1、面談、日報、朝礼 | 全社会議、社内通知、掲示板 |
| 相手との関係 | 上司と部下が直接やりとりする | 本人と直接やりとりしない |
| その場でできること | 「報告ありがとう」から始める、責める前に一緒に整理する | 処分や方針を一方的に伝える |
2つは、担当する人も、時間も、記録の残り方も違います。そのため、片方に力を入れている人には、もう片方で何が起きているかが見えません。
報告しやすい関係は何か月もかけて作られますが、1回の出来事でなくなることもあると思います。処分の通知は正しい手続きで出されるので、出した側は、通知のあとに報告が減ったことに気づきにくいのです。
1on1を増やしても、全社への通知がきっかけで報告が止まっていれば、悪い情報は上がってきません。
全社に処分を伝えると、社員は問題に関わらないようにする
不祥事の後、経営は全社に「この行為は許されない」「関係者を処分した」と伝えます。経営が伝えたいのは行為への評価ですが、社員は「この件に関わった人は処分される」と受け取ります。
受け取り方がずれるのは、処分の結果は伝えられても、経緯は守秘のために伝えられないからです。誰が何を知っていて、どこで判断が分かれ、いつなら止められたのかが、社員には分かりません。
分からない部分は、社員が自分で想像して埋めます。「あの人は運が悪かっただけで、自分も同じ立場なら処分されたかもしれない」と考えた人は、その件に近づかないことにします。
その結果、不正をした人は次から見つからないように行い、不正に気づいた人は関わらないようにします。どちらも、会社に情報を出さない方向に動いています。
処分を全社に伝えると、不正に気づいた人まで報告しなくなることがあります。
同じ行為を減らす効果は、罰の重さより、見つかる確率のほうが大きい
犯罪の抑止の研究では、罰を重くすることより、捕まる確率を上げることのほうが、抑止の効果を示す証拠が一貫しています。カーネギーメロン大学のダニエル・ネイギンは、2013年の論文「Deterrence in the Twenty-First Century」(Crime and Justice 第42巻)で、この分野の実証研究を整理しました。
ネイギンは、抑止の効果があるのは刑の重さより捕まる確率のほうだと結論づけています。そのうえで、長い刑期や最低刑の義務づけは、抑止を理由には正当化できないと書いています。
この研究は刑事司法を対象にしたもので、企業の懲戒処分を測ったものではありません。そのため、組織にそのまま当てはまるとは言えません。
それでも、組織にも同じ構造があると思います。処分を全社に見せて強めているのは罰の重さで、問題が見つかる確率は上がりません。
しかも、悪い情報の報告が止まれば、問題が見つかる確率はかえって下がります。処分を見せると、抑止につながる「見つかる確率」のほうを下げてしまいます。
全社に伝える中身は、起きたこと、原因、直した仕組みの3つでよい
全社に伝える目的は、同じことを繰り返さないことです。そのために伝える中身は、次の3つです。
- 何が起きたか
- なぜ起きたか
- どこを直したか
たとえば「確認の工程を飛ばせる作りになっていたので、飛ばせないように変えた」と伝えます。これを読んだ人は、自分の担当業務に当てはめて考えられます。
誰がどう処分されたかは、再発を防ぐためには要りません。人の名前を出すと、読んだ人の関心が、問題が起きた条件から処分された人へ移ってしまいます。
処分を見せる伝え方は、社員の恐れを使って行為を止めようとします。直した仕組みを伝える方法は、同じことをすれば見つかると社員に予測させます。前の章の研究に沿えば、効果が見込めるのは後者です。
全社に伝えるのは、何が起きたか、なぜ起きたか、どこを直したかの3つです。
本人の言い分は、大勢の前で聞かずに個別に聞く
処分を決める前には、本人の言い分を聞く必要があります。大勢がいる部屋で、自分の落ち度を正確に説明するのは難しいと思います。
その場で出てくるのは、早く終わらせるための言葉です。全部を認めるか、黙るかのどちらかになりやすくなります。
会議は物事を決める場で、事実を聞くことには向いていません。事実は個別に聞き、聞いた結果を会議に出して処分を決める順にします。
対象者ごとに聞く場を分けるのも、同じ理由です。実際に作業をした人と、それを見ていた管理者と、体制を作る責任がある人では、問われていることが違います。同じ部屋に並べると、その違いが分からなくなります。
大勢の前で人が問い詰められた場面は、その場にいた全員が覚えています。処分の中身より長く覚えていることが多いと思います。
処分を伏せるなら、直した仕組みを具体的に伝える
処分を伏せることにも代償があります。被害を受けた人や近くで見ていた人には、誰も責任を取っていないように見えます。
真面目に働いてきた人ほど、損をしたと感じます。その記憶があると、次に悪い情報を上げようとする気持ちが弱まります。処分を伏せた場合にも、報告が止まることがあるのです。
問題を指摘した人は、会社が何をしたのかが分からなければ、指摘が握り潰されたと受け取ります。そうなると、社内では解決しないと考えて、社外の窓口に相談することもあります。
外から見ると、処分を伏せたのか、問題を隠したのかは区別がつきません。区別がつくのは、直した仕組みが具体的に伝えられたときです。「再発防止に努めます」だけで終えると、伏せたことが隠したことと同じに受け取られます。
処分を伏せるなら、直した仕組みを具体的に伝えることを、伏せることとセットで行います。
よくある疑問
Q:処分を公表しないと、社内に示しがつかないのではないでしょうか。
A:示しをつけたいなら、会社が認めた事実と、直した仕組みを具体的に伝えます。誰がどうなったかは、その目的には要りません。何をすると何が起きるかが分かるほうが、人の行動は変わると思います。
Q:全社に共有しないと、同じことが別の部署で起きませんか。
A:共有するのは、その行為が起きた条件です。どういう作りだと確認を飛ばせるのか、どういう状態だと誰も止められないのかを伝えます。条件が分かれば、各部署が自分たちの業務に当てはめて確かめられます。
Q:処分を見せたことが報告の減った原因かどうかは、どうやって確かめればよいですか。
A:厳密に確かめる方法はありません。報告が減ったことと処分を見せたことの因果関係は、測れないからです。悪い情報が減り始めた時期と、全社に何かを伝えた時期を並べてみることはできます。重なっていれば、そこから考えてみる価値があります。
Q:内部通報を受けて処分する場合、注意すべき期間はありますか。
A:2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法では、公益通報をした日から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由としたものと推定されます。消費者庁の公益通報ハンドブックは、この点で事業者側の立証責任が一部転換されると説明しています。
職場が静かになっても、問題が減ったとは限らない
厳しく処分した後、社内は静かになります。問題が減ったのか、報告が止まったのかは、外から見ても区別がつきません。
見分ける手がかりは、小さな問題の報告が続いているかどうかです。問題が減った職場では細かい報告が続き、報告が止まった職場では大きな問題が突然見つかると思います。
恐れで人を動かすやり方は、短い期間なら効果があるかもしれません。ただ、声を上げても届かないと知った人は、やがて辞めていくと思います。
静かな職場でも、問題に気づいて伝える人がいなくなっていることがあります。
いま社内に出している通知を読み返して、処分された人と直した仕組みのどちらを伝えているかを確かめてみてはいかがでしょうか。
