通報者の情報を絞るほど、会社は処分の理由を説明できなくなる

内部通報を受けたら、通報者の情報は最小限の範囲でしか共有しない。範囲外共有は禁止されているし、従事者には刑事罰付きの守秘義務があります。だから絞る。ここまでは、多くの組織で徹底されつつあります。

2026年12月1日、改正公益通報者保護法が施行されます。通報から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由とするものと推定されるようになります。立証責任が会社側に移ります。

この2つを並べると、両立しない部分が出てきます。

情報を絞れば、処分を決める人は通報の存在を知りません。知らないまま処分を下し、後から推定規定が適用される。守秘を徹底した結果として、推定を覆す準備ができていない状態になります。

守秘の徹底は、これまで一貫して正しい方向でした。絞れば絞るほど安全だという前提で設計してきた組織は多いはずです。その前提が、施行日を境に部分的に成り立たなくなります。

この記事が立てる問いは、どちらを優先するかではありません。両立しない2つを、どう同時に満たすのか。

目次

推定規定は、処分を決めた人が通報を知らなくても働く

改正法3条3項は、公益通報をした日から1年以内の解雇等特定不利益取扱いを、公益通報を理由としてされたものと推定します。

ここで重要なのは、適用の条件です。行政機関や報道機関への通報であって事業者がそれを知って処分した場合を除き、この推定は事業者側の認識に関係なく適用されます。

つまり、処分を決めた部署が通報の存在を知らなかったとしても、推定は働きます。知らなかったという事実は、推定を覆す材料になりません。

覆すために必要なのは、その処分が通報とは無関係の理由でなされたことを、会社側が立証することです。立証できなければ、処分は無効になります。加えて、通報を理由として解雇等特定不利益取扱いをした者には刑事罰が新設されました。個人に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人に3,000万円以下の罰金です。

対象期間は1年です。施行後、ある従業員が通報したとすると、その日から1年間、その人への解雇と懲戒には推定が働きます。通報が複数あれば、対象者も期間も重なっていきます。制度が使われている組織ほど、推定の対象となる状態が常時どこかに存在することになります。

守秘を徹底するほど、処分部門は通報を知らずに動く

ここで、範囲外共有の防止措置と突き合わせます。

範囲外共有とは、通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為です。指針は、閲覧できる者を必要最小限に限定すること、記録を施錠管理すること、アクセス権限を規程で明確にすることを求めています。従事者同士であっても、その通報の受付・調査・是正に関与していない従事者への伝達は範囲外共有になり得ます。

この設計を徹底すると、通報の存在を知る人数は絞られます。それが目的なので、正しい方向です。

問題は、絞った先に誰がいないかです。

懲戒処分を決めるのは、通常は人事部門と、その上位の決裁者です。この人たちは、公益通報対応業務の従事者ではありません。だから通報の存在を知りません。

知らないまま、別の理由で懲戒処分を検討し、実行する。1年以内であれば、推定規定が働きます。会社は、その処分が通報と無関係であることを立証しなければなりません。

私自身、この構造に気づいたのは順序が逆でした。範囲外共有を防ぐために共有先を絞る設計を進めていて、改正法の条文を確認したところで、絞った先にいるのが処分の判断者だと分かりました。守秘の設計は共有先を減らそうとし、推定への備えは処分部門に情報を届けようとする。同じ情報について、求める方向が反対でした。

推定されるのは、解雇と懲戒に限られる

範囲を正確に押さえておきます。ここを広く取りすぎると、対応が過剰になります。

推定の対象は、解雇等特定不利益取扱いです。解雇と、解雇以外については懲戒としてなされたものに限られます。

したがって、次のものは推定の対象外です。人事権の行使としての配置転換、降格、業務上の合理性を欠く過大または過小な要求、職場内の嫌がらせ。

対象外ということは、これらが許されるという意味ではありません。公益通報者保護法5条は、降格、減給、退職金の不支給その他の不利益な取扱いを禁止しており、消費者庁の資料でも配置転換や嫌がらせが禁止対象に含まれると明示されています。禁止はされているが、推定は働かない。通報者側が立証責任を負います。

実務への含意は2つです。

ひとつは、備えの優先順位です。解雇と懲戒については、記録の整備を最優先にする。それ以外の不利益取扱いは、防止と把握の措置で対応する。

もうひとつは、社内規程での扱いです。規程上の禁止対象には、解雇や懲戒に限らず、配置転換や嫌がらせも含むと明示しておく。推定の範囲と、禁止の範囲を一致させる必要はありません。

裁判所が見ているのは、動機ではなく経緯と記録である

推定を覆すために何を残せばよいか。近年の裁判例が手がかりになります。

東京高裁の令和6年8月7日判決は、公益通報者保護法3条および5条の「理由として」という文言について、一般に客観的な因果関係ではなく事業者における意思や動機を指すものと解されるとしました。そのうえで、解雇等の主たる動機が公益通報に対する報復等を目的とするものと認められるか否かにより決するのが相当であるとしています。

判断にあたって勘案すべきものとして、次の4つを挙げています。解雇等に至る経緯、解雇等の内容、不当な動機の存在を基礎づける事業者側の言動の有無、他の正当な動機の存在を基礎付ける合理的な理由の有無。

同じ年の東京高裁令和6年7月18日判決では、上司らの各行為に根拠ないし必要性がないことを認定したうえで、是正の申入れやリハビリ科管理職の方針に従わなかったことに対する報復として行われたと推認するのが相当と判示されています。

2つの判決から読み取れるのは、裁判所が心の中を推し量っているのではないということです。見ているのは、その処分に至る経緯が説明できるか、処分の根拠に必要性があるか、時系列が整合しているかです。

これは記録で対応できる領域です。逆に言えば、記録がなければ、動機がなかったことを示す手段がありません。

情報を共有せずに、処分の記録だけを整える

ここからは私の解釈です。判例や指針で確立された運用ではありません。

2つの措置を両立させる鍵は、共有する情報と、整える記録を分けることだと考えています。

処分部門が通報の存在を知る必要は、実はありません。必要なのは、どの懲戒処分についても、次の3つが記録として残っている状態です。

処分の根拠となった事実と、それを認定した証拠。処分の検討がいつ始まり、どの会議でどう議論されたかという時系列。弁明の機会をいつ与え、何が述べられたか。

これらは、通報があったかどうかに関係なく残せます。そして残っていれば、推定を覆す材料になります。処分の検討が通報より前に始まっていたことを時系列で示せれば、報復目的がないことの有力な根拠になります。

つまり、通報の有無で運用を変えるのではなく、すべての懲戒処分について記録水準を上げる。これなら、通報の存在を伝える必要がありません。

そのうえで、委員会側が一方向の確認を行います。懲戒処分の一覧を定期的に受け取り、通報者が含まれているかを委員会側だけで照合する。処分部門には、なぜ照合しているかを伝えません。含まれていた場合に初めて、記録の充実度を確認し、必要なら追加の検討を求めます。

情報は委員会から処分部門へ流れません。処分の事実だけが、処分部門から委員会へ流れます。方向を一方向にすることで、範囲外共有を起こさずに把握ができます。

この設計にも弱点があります。照合が事後になるので、処分が実行された後にしか気づけません。処分前に止めるには、決裁のどこかに委員会を挟む必要があり、そうすると通報の存在が推測される余地が生まれます。ここは組織の規模によって判断が分かれるところだと思います。

通報者が不利益を受けていないかは、通報者に聞かずに確認できる

指針は、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置を求めています。例として挙げられているのは、公益通報者に対して能動的に確認すること、不利益な取扱いを受けた際には窓口等の担当部署に連絡するようその旨と部署名をあらかじめ伝えておくことです。

能動的な確認には、難しさがあります。連絡すること自体が通報の記憶を呼び起こしますし、頻度が高ければ負担になります。周囲に見られれば、それ自体が特定の手がかりになります。

そこで、通報者に聞かずに確認できる経路を先に用意しておくと、負担を減らせます。

人事データの変化を委員会側で見る方法があります。異動、評価、担当業務、勤怠。通報の前後で不自然な変化がないかを、委員会が単独で確認します。人事部門に理由を説明する必要はありません。

もうひとつは、事前に伝えておく方法です。通報を受け付けた時点で、何か起きたらここに連絡してほしいと、連絡先とともに伝えておく。これは指針が例示している措置そのもので、通報者の側から動ける状態を作ります。

能動的な確認は、この2つで補いきれない場合に行う。頻度を落とし、時期を選べば、負担を抑えられます。

高松高裁の平成28年7月21日判決は、公益通報をしたことを昇任の判断において消極的要素として考慮した点を国賠法上違法と認定し、慰謝料10万円を認容しています。転任処分自体は有効とされましたが、評価に織り込んだこと自体が違法と判断されました。評価への影響は、処分よりも見えにくい形で起きます。

よくある疑問

Q:外部窓口に委託していれば、この問題は起きませんか。
A:起きます。委託先が受け付けた後、調査と処分の判断は社内で行われるのが通常です。推定規定は事業者に適用されるため、委託の有無で結論は変わりません。むしろ委託により社内で通報を知る人がさらに減るので、処分部門が知らずに動く確率は上がります。

Q:処分部門に通報の存在を伝えれば、解決するのではありませんか。
A:伝えれば範囲外共有になり得ます。通報者を特定させる事項を、必要最小限の範囲を超えて共有することになるためです。従事者が伝えた場合は、公益通報者保護法12条の守秘義務違反として30万円以下の罰金の対象になり得ます(同法21条)。伝えるのではなく、記録の水準を上げて対応する方が現実的です。

Q:推定を覆すために、どの程度の記録が必要ですか。
A:裁判例が勘案するとしている要素に対応する形が目安になります。処分に至る経緯、処分の内容と根拠、処分の必要性を示す資料、弁明の機会に関する記録、そして時系列です。特に、処分の検討が通報より前に始まっていた場合、その時期を示せることが有力な材料になります。

Q:通報者自身が不正に関与していた場合はどうなりますか。
A:処分を検討すること自体は妨げられません。ただし推定は働くので、通報したことではなく、通報により確認された違反の存在を理由に処分することを、検討の記録に明確に残す必要があります。弁明の機会においても、その旨を本人に説明しておくことが重要になります。

守るべきは通報者であって、通報の秘密ではない

範囲外共有の防止と、推定規定への備え。この2つは、同じ情報について反対のことを求めます。片方を徹底すれば、もう片方が弱くなります。

ただ、反対を向いているのは情報の流れであって、目的ではありません。どちらも、通報者が不利益を受けない状態を作るための措置です。

そう捉え直すと、設計の方針が決まります。情報を流すのではなく、記録の水準を上げる。委員会から処分部門への流れは作らず、処分の事実だけを逆方向に流す。通報者への確認は、本人に負担をかけない経路を先に用意する。

秘密を守ることは手段であって、目的ではありません。目的は、通報した人がその後も同じように働けることです。手段を守って目的を失う設計になっていないかは、施行までに一度確認しておく価値があります。

いま自社では、懲戒処分の記録は、1年後に見返して説明できる状態になっていますか。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次