コンプライアンス委員が負う義務は、会社の規模では減らない

コンプライアンス委員に任命された。規程は渡された。研修も受けた。それでも、自分が何を負っているのかが分からない。

会社の人数を数えると、公益通報者保護法の義務対象からは外れていました。義務がない会社の委員なのだから、自分も特に何かを負うわけではないのだろう。そう理解している方は、少なくないのではないでしょうか。

世の中に流通している答えは、似た形をしています。委員会の役割は規程の策定と研修と通報対応である。委員は3人から10人程度が適切で、外部の弁護士を入れるのが望ましい。中小企業ならもっと小規模でよい。

どれも委員会の話です。委員会が何をするかは分かっても、そこに座っている自分が何を負うのかは書かれていません。

会社が法律上の義務を負わない場合、その会社の委員は何も負わないのでしょうか。

目次

規模で外れるのは、会社が体制を作る義務だけである

公益通報者保護法には、常時使用する労働者の数による線引きがあります。301人以上の事業者には、内部公益通報対応体制を整備する義務と、公益通報対応業務従事者を指定する義務があります。300人以下では、この2つが努力義務になります。

判定は事業者単位です。法人ごとに数えるので、グループ全体で1,000人でも、個社が100人ずつなら、どの会社も努力義務側に入ります。パートやアルバイトは算入され、役員は算入されません。

なぜこの2つだけが規模で切られているのか。体制の整備と従事者の指定は、専任の担当者や外部窓口の設置を伴います。小規模な事業者に一律で求めると負担が過大になるため、努力義務に落とされています。つまり、線引きの理由は事業者の負担能力にあります。

見落とされやすいのは、規模で切れているのがこの2つだけだという点です。

同じ法律の中でも、通報を理由とする解雇や降格などの不利益取扱いの禁止は、規模を問わずすべての事業者に適用されます。従事者に指定された人の守秘義務も、規模とは無関係に発生します。負担能力とは関係のない義務なので、線引きの理由が当てはまらないからです。

対象外という言葉が指しているのは、会社が体制を作る義務です。法律そのものではありません。

委員の義務は、公益通報者保護法とは別の法律から来ている

委員が負う義務を整理しようとして、最初は会社の義務と同じ表に並べていました。委員会に関わるものをすべて集めれば全体像が見える、と考えたためです。

並べてみると、規模の要件がかかっている行と、かかっていない行が混ざっていました。混ざっている理由が分からないまま眺めていて、途中で気づきます。表が2つの違うものを同居させている。会社が負うものと、委員個人が負うものです。

分けて並べ直すと、規模で変わるのは会社側の2行だけでした。個人側は、1行も動きません。

委員会規程を読み直しても、委員個人の義務はほとんど書かれていません。書かれているのは、所管事項、人数、任期、議決の方法です。義務の条項があっても、秘密を守ることという一行で終わっていることが多い。

規程に書かれていないことと、義務が存在しないことは別です。

善管注意義務の根拠は、民法644条と会社法330条にあります。忠実義務は会社法355条です。委員が従業員なら、雇用契約に付随する誠実義務が同じ働きをします。

秘密保持義務の根拠は、就業規則と委員会規程と誓約書です。審議の内容、通報者の情報、調査で知った事実を外に出さない義務です。

通報者のプライバシーを侵害しない義務の根拠は、民法709条の不法行為です。通報者が特定される情報を漏らせば、会社からの懲戒とは別に、通報者本人から損害賠償を請求されます。

中立に審議する義務の根拠は、信義誠実の原則(民法1条2項)です。自分の所属部署や人間関係の利害を持ち込まない義務です。

被通報者の言い分を聞き、証拠で事実を認定する義務は、労働契約法15条につながります。これを欠いた調査に基づく処分は、無効と判断される余地が生じます。

重大な違反を知ったときに報告する義務の根拠は、委員が取締役なら民法645条と会社法357条、従業員なら就業規則です。自分の判断で処理を止めて損害が拡大すれば、任務懈怠として損害賠償の対象になります。

審議の経緯を記録する義務の根拠は、委員会規程です。記録がなければ、後日その判断が適正だったことを証明できません。これは委員自身を守る側面も持ちます。

並べて分かるのは、公益通報者保護法が一度も出てこないことです。委員の義務は、民法と会社法と労働契約法から来ています。だから公益通報者保護法の適用が外れても、一つも減りません。

最も重い刑事罰は、指定の有無に左右されない

委員が刑事罰を受ける経路は2つあります。そして重いのは、公益通報者保護法ではありません。

公益通報者保護法12条は、公益通報対応業務従事者に守秘義務を課しています。違反すると30万円以下の罰金です(同法21条)。ただし、この義務が発生するのは従事者に指定された人だけです。

一方、個人情報保護法179条には、個人情報データベース等不正提供罪があります。事業者やその従業者が、業務で取り扱った個人情報データベース等を、自己または第三者の不正な利益を図る目的で提供または盗用した場合、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。法人にも1億円以下の罰金が科されます(同法184条1項1号)。

こちらは従事者への指定を要件としません。要件は、業務で個人情報データベース等を扱っていることです。

通報の受付台帳、通報者と被通報者の一覧、ヒアリングの記録。これらは氏名で検索できる形に整理されていれば、個人情報データベース等に当たります。委員として案件を扱っていれば、通常はこの条件を満たしています。

法定刑の重さでも、適用の範囲でも、個人情報保護法の方が広く重い。委員向けの研修で公益通報者保護法だけを扱っている場合、より重い方が抜け落ちていることになります。

抜け落ちる理由は、通報者の情報を通報制度の問題として捉えているからだと思われます。個人情報の取扱いは総務や情報システムの管轄で、コンプライアンス委員会の話ではない。そう分かれている組織では、通報者の氏名が個人情報でもあるという当たり前の事実が、担当の境界に落ちます。

指定するかどうかは、努力義務の会社にとって判断になる

努力義務側の会社には、従事者を指定する法律上の義務がありません。それでも指定することはできます。

ここで、少し落ち着かない構造が生まれます。会社は指定する義務を負わない。しかし指定された委員は守秘義務を負い、違反すれば刑事罰の対象になる。会社の義務はゼロのまま、個人の側にだけ罰則が加わります。

ここからは私の解釈です。法律上の答えが決まっている論点ではありません。

指定しなければ、委員個人の刑事罰リスクは避けられます。ただし通報者から見れば、守秘義務が就業規則にしか書かれていない相手に、自分の名前を預けることになります。

指定するなら、委員全員を一律に指定するのは設計として粗いと考えます。通報者を特定させる情報に実際に触れる人に絞って指定し、その人には書面で通知する。本人が、自分は刑事罰を伴う立場にあると認識している状態を作る。この形が現実的だと思います。

判断の材料になるのは、通報が実際に来るかどうかではありません。来たときに、誰の手元に通報者の名前が残るかです。案件がゼロの期間でも、窓口を置いた時点で受け取る人は決まっています。

指定は、通報者に対する信頼の提供と、委員個人のリスク引き受けを交換する判断です。どちらを選ぶにせよ、選んだという自覚があることが重要になります。

自分が何を負っているかは、3つで判定できる

外部の弁護士を委員に入れたので大丈夫だと考える方がいます。しかし弁護士が負う守秘義務は弁護士のものであって、他の委員の義務は一つも軽くなりません。判定は、委員一人ひとりについて行う必要があります。

第一に、委員としての立場を確認します。取締役なのか、従業員なのか、外部から委任を受けているのか。ここで、善管注意義務の根拠と、責任を追及される経路が決まります。取締役なら会社法423条の損害賠償責任、従業員なら就業規則に基づく懲戒処分が中心になります。同じ会議に座っていても、負っているものの形が違います。

第二に、自分が実際に触れる情報を確認します。通報者の氏名や所属に触れるのか、案件の内容だけを見るのか。特定できる情報に触れるなら、個人情報保護法179条の射程に入っています。ここが、最も重い刑事罰との距離を決めます。

第三に、従事者に指定されているかを確認します。指定されていれば、公益通報者保護法12条の守秘義務を負います。指定を受けた覚えがない場合は、会社に確認してください。書面での通知がないまま実質的に従事者として扱われている状態は、本人にとっても会社にとっても不安定です。

この3つが分かれば、自分がどの法律のどの条文の下にいるかが定まります。逆に、3つが不明なまま委員を続けている状態は、負っている義務の範囲を自分で把握できていないということです。

判定した結果を、委員会規程に反映させる必要はありません。義務はすでに発生しているので、規程に書いても書かなくても変わらないからです。反映させるべきなのは、委員本人の認識の方です。

よくある疑問

Q:当社は公益通報者保護法の体制整備義務の対象外です。それでも委員は義務を負うのでしょうか。
A:負います。規模で努力義務になるのは、会社が体制を整備する義務と従事者を指定する義務の2つだけです。委員個人が負う善管注意義務、秘密保持義務、プライバシー侵害の禁止は、民法や会社法を根拠としているため、会社の規模とは無関係に発生しています。

Q:委員が通報者の情報を漏らした場合、どうなりますか。
A:経路が複数あります。従事者に指定されていれば公益通報者保護法12条違反として罰金、不正な利益を図る目的があれば個人情報保護法179条により1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、通報者本人からは民法709条に基づく損害賠償請求、会社からは就業規則に基づく懲戒処分。いずれも会社の規模とは関係ありません。

Q:委員会規程に委員個人の義務を書いていません。書く必要はありますか。
A:法律上の必要はありません。義務は規程とは別に発生しているためです。ただし、書かなければ委員が自分の義務を知る機会がなくなります。規程に書く意味は、義務を発生させることではなく、就任した人に認識させることにあります。

Q:2026年12月の法改正で、委員の義務は変わりますか。
A:委員個人の義務そのものは変わりません。ただし運用が変わります。改正法(令和7年法律第62号)は2026年12月1日に施行され、通報から1年以内の解雇や懲戒は通報を理由とするものと推定されます。立証責任が会社側に移るため、処分の理由と時系列を、処分の時点で記録しておく必要が生じます。この推定規定は規模を問わず適用されます。

委員が負っているのは、規程ではなく法律である

会社の義務は、規模で変わります。301人以上なら体制整備と従事者の指定が義務、300人以下なら努力義務です。

委員個人の義務は、規模で変わりません。就任した時点で、民法と会社法と労働契約法と個人情報保護法の下に入っています。従事者に指定されれば、そこに公益通報者保護法が加わるだけです。

この違いは、義務の出どころが違うことから来ています。会社の体制整備義務は公益通報者保護法が作ったものなので、その法律が定めた線引きに従います。委員個人の義務は、委任や雇用や不法行為という、もっと古い枠組みから来ています。規模で切る発想が、そもそもありません。

対象外という言葉を聞いたとき、それが会社の話なのか自分の話なのかを分けて考えてみてはいかがでしょうか。多くの場合、それは会社の話です。

あなたが負っている義務は、どこに書かれていますか。

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