世の中に流通している答えは、だいたい予防の形をしています。記録を施錠して保管する、閲覧できる人を必要最小限に絞る、従事する人に教育を行う。どれも正しく、すでに徹底している組織も多いはずです。
この記事が立てる問いは違います。漏らしたのが悪気のない人だったとき、その情報はそのあとどこへ行くのでしょうか。
通報の情報を最初に外へ出すのは、口の軽い人ではなく、心配した人である
消費者庁は、範囲外共有を、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為と定義しています。制度の説明としては、これで足ります。
ただ、実際に起きる場面を追っていくと、少し違う景色になります。
残念ながら起点に立つのは、たいてい心配した人です。事案を知る立場にあって、疑いをかけられた人のことが気になり、誰かに確かめてしまう。本当にあの人がそんなことをするのだろうか、と。
この行動は制度への敵意から出たものではなく、人への関心から出ています。だから話した本人には、ルールを破っているという自覚がありません。
自覚がないので、あとで振り返ったときにも思い出しません。誰が漏らしたのかを探して行き当たらないのは、隠されているからではなく、話した側がそれを漏らしたと思っていないからです。
心配して聞いた質問は、聞かれた人の側では秘密にならない
聞いた側は確認したつもりでいますが、聞かれた側が受け取ったのは確認ではありません。そういう質問があったという出来事です。
秘密として渡していないので、秘密としては扱われません。
ここで効いてくるのが、聞かれた人の立場です。消費者庁の指針の解説は、社内調査でヒアリングの対象になった人など、通報の内容を伝えられたにとどまる人は、従事者として定めるべき対象には該当しないとしています。従事者でなければ、公益通報者保護法12条の守秘義務は発生しません。
ただし同じ箇所は、その場合であっても労働者や役員として、内部規程に基づき範囲外共有をしてはならない義務を負う、と続けています。義務そのものは残ります。
残るのですが、自分が受けた質問を秘密だと認識していない人には、その義務が働きません。義務があることと、義務が働くことは別です。
そして人の記憶に残るのは、質問の中身よりも、質問されたという事実のほうです。何を聞かれたかは曖昧になっても、誰について聞かれたかは、はっきり覚えています。
施錠と権限は書類には効くが、人の記憶には届かない
予防の措置が効かないのは、この場面です。
施錠も閲覧権限の設定も、情報を持っている人が自分の口で話す場面には届きません。鍵をかけられるのは書類であって、記憶ではないからです。
消費者庁は、公益通報者を特定させる事項について、氏名や社員番号のような固有の事項だけでなく、性別のような一般的な属性であっても、他の事項と照合させることで排他的に特定の人物だと判断できる場合には該当する、としています。
つまり、外へ出るのに文書は要りません。あの件で誰それについて聞かれた、という断片で足ります。断片が二つ三つ重なれば、小さな部署では候補が数人に絞られます。
そして立場が上の人ほど、気軽に聞ける相手が多く、聞かれた側も断りにくい。教育の対象になっているのはたいてい従事者ですが、いちばん多くの人に気軽に聞ける立場の人は、その教育の外側にいることがあります。
情報は、疑いをかけられた本人に届いたところで止まらない
伝聞は、たいてい近いところへ流れます。
聞かれた人が、その人と近い立場の誰かに話す。話された人が、また別の誰かに話す。どの一歩も距離は短いのですが、続けば遠くまで行きます。
そして、どこかで誰かが本人に確かめます。本当なの、と。
ここまでは、予防を扱う記事も想定しています。通報者が特定されてしまうリスクとして書かれ、多くの場合は本人に届いた時点で話が終わります。最悪の結果として、そこに置かれる。
実際には、そこから折り返します。本人に届いた情報は、本人の中で処理されてまた外へ出ますが、戻ってくる先はたいてい窓口の側です。
戻ってくるとき、情報は本人の言い分という形をしている
確かめられた本人は、当然のことながら否定し、自分の見え方で経緯を説明します。
聞いている人がそれを信じるのは、目の前で本人が話しているからです。書面に書かれた疑義よりも、生身の説明のほうが強く見える。
そして、真実はこうらしいですよ、と善意で伝えにきます。
ここで、情報の形が変わっていることに気づいてください。
出ていったのは断片で、誰それについて聞かれた、という程度のものでした。戻ってきたのは、疑いをかけられた本人の主張として整えられた説明です。往復のあいだに、疑いが反証に変わっています。
漏れは外へ出ていくだけではなく、加工されて内側へ帰ってきます。そして帰り道を運ぶのも、やはり悪気のない人です。
第三者から聞いた弁明は、記録に残せるが、事実認定には使えない
持ってきた人は助けようとしていて、誤解を解いてあげようとしていて、手柄のつもりでいることさえあります。
だから、話を止めにくい。
途中で遮れば、こちらが何かを隠していることになります。隠しているという印象は、それ自体が事案の存在を裏づけてしまうので、結局は最後まで聞くことになります。
聞き終わった時点で、こちらの状態が変わっています。疑いをかけられた人の弁明を、本人からではなく第三者から受け取った状態です。
戻ってきたこの情報は、記録には残せます。誰が、いつ、何を持ってきたか。ここは事実として書けます。
ただし、中身を事実認定の材料にはできません。弁明は本人から直接聞いて、その場で述べられたことを記録するのが、調査手続の形だからです。第三者を経由した弁明は、伝えた人の理解を一度通っています。何が削られ、何が足されたかを、こちらでは確かめられません。
ここからは私の解釈で、法令上の答えが決まっている論点ではありません。
後日、調査を終えて処分を打ち、その処分が争われれば、そのときに調査が公正だったかが問われます。そして記録には、認定を終える前にこちらが一方の主張へ触れていた、と残ります。
この一行は両方に読めます。弁明の機会を実質的に与えていたとも読めますし、認定の前に一方へ傾いていたとも読めます。どちらに読まれるかを、こちらでは選べません。
つまり、戻ってきた情報を受け取ったことで、どちらにも読める材料を自分たちで供給したことになります。
悪気がなかった人に伝えるときは、落ち度ではなく体制の話にする
外へ出した人に、正面から非を指摘するのは難しい。
指摘すれば、相手は防御に回ります。話は事案から離れていき、制度の話をしたいのに人の話になってしまう。相手が権限を持つ立場なら、なおさら言えません。
もうひとつ、確かめの問題があります。消費者庁は、範囲外共有を理由に懲戒処分などを行う際、その事実の有無を慎重に確認し、実際に行っていない人に誤って処分を行うことのないよう留意する必要がある、としています。誰が話したかは、たいてい伝聞をたどった推測です。
やり方はひとつで、人の落ち度としてではなく、体制の扱いとして出すことだと思います。
消費者庁は、被通報者が公益通報者の存在を知り得る場合の措置として、被通報者への注意喚起を挙げています。通報者へ不利益な取扱いを行わないよう、あらかじめ伝えておく措置です。
これは誰かを責める手続ではなく、起きてしまった状態を前提に、指針が用意している手当てです。だから、情報が本人に届いた状態になったので体制上こういう措置が必要になります、という形で出せます。誰が悪かったかを決めずに、次の手だけを並べる。
言いにくさが消えるわけではありませんが、防御に回られる確率は下がります。
よくある疑問
Q:通報があったこと自体を人に話すのは、範囲外共有に当たりますか。
A:禁止されているのは、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有することです。通報があったという事実だけを伝えたなら、直ちに当たるとは限りません。ただし事案が特定の部署や特定の案件に紐づいていれば、通報の存在を伝えるだけで通報者が絞り込めます。判定は、話した内容ではなく、その内容から誰まで絞れるかで行ってください。
Q:漏れてしまった情報は、取り戻せますか。
A:ほとんどの場合、取り戻せません。消費者庁は、実際に範囲外共有や通報者の探索が行われた場合には、実効的な救済・回復の措置を講ずることが困難な場合も想定される、と書いています。試みる価値はありますが、回収できる前提で設計しないでください。
Q:疑いをかけられた本人の言い分を、第三者から聞いてしまいました。使ってよいですか。
A:記録には残したうえで、中身を事実認定の材料にはしないでください。弁明は本人から直接聞き、その場で述べられたことを記録します。第三者から聞いた内容は、誰がいつ何を持ってきたかという事実として残す。中身を認定に使うと、伝えた人の理解を一度通した情報で判断したことになります。
Q:悪気なく話してしまった人に、どう伝えればよいですか。
A:その人の落ち度としてではなく、起きた状態への手当てとして伝えることを検討してみてください。指針は、被通報者が通報者の存在を知り得る場合の措置として、被通報者への注意喚起を挙げています。誰が話したかを確定させなくても、この措置は取れます。あわせて、誰が話したかを断定する前に、それが伝聞をたどった推測ではないかを確かめてください。
漏れた情報は回収できないので、記録に変えるところまでが仕事である
できることは多くなく、三つだと思います。
ひとつめは、誰が、いつ、誰に、何を話したかの時系列を残すことです。範囲外共有が起きた事実そのものが、後で調査の適正さを問われたときの材料になり、同時に通報者を守る根拠にもなります。
ふたつめは、証拠の保全を前倒しすることです。本人に伝わった以上、記録が動く可能性が立ちます。この判断は、漏れが分かった時点で行うことになります。
みっつめは、通報者に不利益が及んでいないかを確かめる経路を用意することです。異動、評価、担当業務の変化を、通報の前後で見る。通報者に直接聞かなくても、できることがあります。
この三つは、どれも漏れを取り消しません。
消えないものは、消えません。情報の回収は、消費者庁自身が困難だと書いている領域です。安易な回復策を探して時間を使うより、起きた事実を記録に変えていくほうが、結果として通報者を守ります。
そして、防げなかったことを担当者の落ち度として引き受けないでください。この漏れは、鍵と権限で止まる種類のものではありませんでした。心配した人が心配したから話したのであって、設計で止められる範囲の外側で起きています。
なお、処分や公表の判断が絡む段階に入るなら、弁護士に確認することを検討してみてください。この記事が扱えるのは、判断の材料をどう並べるかまでです。
あなたの手元に戻ってきたその話は、誰の口を、何回通ってきたものでしょうか。
