「もっと早く言ってほしかった」と、また言ってしまった。悪い情報は、問題が大きくなってからしか届きません。現場で起きていたことを、後から人づてに知ることも増えました。会議で意見を求めても、誰も何も言いません。
やることはやってきたつもりです。報連相のルールを決めて、1on1も入れて、心理的安全性の研修も実施した。それでも、悪い情報は上がってきません。
世の中に流通している答えは、だいたいこの3つです。報告の基準が曖昧だから、報告すると損をすると学習しているから、上司が完成された情報ばかりを求めているから。どれも当たっていますが、3つとも手を打った後で、それでも上がってこない組織があります。
この記事が立てる問いは違います。報告を引き出す努力は、いったいどこで打ち消されているのでしょうか。
悪い情報が上がってこない会社は、上げない人ばかりを集めたわけではない
まず、採用の失敗という説明を外しておきます。
黙っている人は、最初から黙っていたわけではありません。転職してきた人が半年後には何も言わなくなり、前の職場では会議で反対意見を出していた人が、こちらでは頷くだけになる。同じ人が、環境によって違う振る舞いをしています。
つまり、その組織のどこかに、黙るほうが得だと教える教材があります。
この教材は、研修や規程のように用意されたものではなく、実際に起きた出来事のほうです。人は、書かれたルールよりも、目の前で起きたことから学びます。何を言えばどうなるかは、一度見れば十分に伝わってしまいます。
だから探すべきなのは、悪い情報を上げない人ではありません。黙ることを教えた出来事のほうです。
報告を引き出す工夫と、報告を止める出来事は、別の場所で起きている
ここに、気づきにくい構造があります。
報告を引き出す工夫は、報告の場面で行われます。1on1、面談、日報、朝礼。どれも上司と部下が向かい合っている場所で、「報告ありがとう」から始めることも、責める前に一緒に整理することも、その場でなら実行できます。
一方、報告を止める出来事は、報告とはまったく関係のない場所で起きます。全社会議、社内通知、掲示板といった、本人と直接やりとりしていない場面です。
この2つは、担当者も、時間帯も、記録の残り方も違います。だから片方を強化しているとき、もう片方が何をしているかが見えません。
さらに、速度が違います。報告しやすい関係は何か月もかけて少しずつ積み上がりますが、壊れるほうは一回で足ります。
積み上げた側は、自分が壊したことに気づきません。壊した行為のほうが、正しい手続きに従って行われているからです。
全員の前で処分を伝えると、見ている人は「やらない」ではなく「関わらない」を学ぶ
不祥事が起きた後、経営は全社にメッセージを出します。この行為は許されない。二度と繰り返さない。関係者を処分した。
伝えたいのは、行為に対する評価です。
ところが、受け取られるのは別のものになります。この件に関わった人は、こうなる。
差が生まれるのは、情報が欠けているからです。処分の結果は伝えられますが、そこに至る経緯までは伝えられません。誰が何を知っていて、どこで判断が分かれ、どの時点なら止められたのか。守秘の必要があるので、書けないのです。
欠けた部分を、見ている人は自分で埋めます。そして埋めるとき、人は自分に都合の悪いほうを選びます。あの人は運が悪かっただけかもしれないし、自分もあの立場だったら同じことになる。
たどり着く結論はひとつです。あの件には近づかない。
こうして、不正をした人は次から巧妙になり、不正に気づいた人は関わらなくなります。動く方向は逆に見えますが、行き先は同じで、どちらも情報を出さない側へ移っています。
罰を重くしても同じことは減らない。減らすのは、見つかる確からしさである
この点については、遠い領域に積み上がった証拠があります。犯罪の抑止に関する研究です。
カーネギーメロン大学のダニエル・ネイギンが2013年に発表した「Deterrence in the Twenty-First Century」(Crime and Justice 第42巻)は、この分野の実証研究を整理した論文として知られています。
結論は明快です。罰の重さが抑止に効くという証拠より、捕まる確からしさが抑止に効くという証拠のほうが、はるかに一貫している。ネイギンはさらに踏み込んで、長期の刑期や法定刑の引き上げは抑止を理由には正当化できないと書いています。
ここで一点、事実と解釈を分けておきます。この研究は刑事司法を対象にしたものであり、企業の懲戒処分を測ったものではないので、組織にそのまま当てはまるとは言えません。
ただ、構造は重ねて見ることができます。処分を全社に見せる行為が上げているのは罰の重さのほうで、見つかる確からしさは、いくら見せても上がりません。
そして副作用があります。悪い情報の報告が止まれば、問題が見つかる確からしさは下がります。上げたかった数字ではなく、下げてはいけない数字のほうを動かしていることになります。
見せるべきものは、処分された人ではなく、直したところである
では、何も伝えなければよいのか。そうではありません。
抑止したいのは、同じことの再発です。それなら、伝えるべき中身は、何が起きたのか、なぜ起きたのか、どこを直したのかの3つに決まります。
たとえば、確認の工程を飛ばせる作りになっていたので、飛ばせないように変えた。ここまで伝われば、読んだ人は自分の担当業務に当てはめて考えられます。
誰がどうなったかは、この目的には必要ありません。人の名前がなくても、条件が分かれば再発は防げますし、むしろ人を出すと、読んだ人の関心が条件から人へ移ってしまいます。
抑止の効き方も変わります。処分を見せる抑止は恐れによって働きますが、仕組みを見せる抑止は、見つかるという予測によって働きます。前の章で見たとおり、後者のほうが実際に効く側です。
大勢の前で言い分を聞くと、本当のことは出てこない
処分を決める前に、本人の言い分を聞く必要があります。ここは省けません。
問題は、どこで聞くかです。
大勢が座っている部屋で、自分の落ち度を正確に説明できる人はいません。出てくるのは事実ではなく、その場を早く終わらせるための言葉です。全部認めるか、黙るか、どちらかに寄ります。
会議は、決めるための場所であって、聞くための場所ではありません。事実を取りたいなら、個別に聞いて、その結果を持って会議に上げる順序にします。
対象者ごとに場を分ける理由も、ここにあります。実際に手を動かした人と、それを見ていた管理者と、体制を作る責任のある人では問われている中身が違うので、同じ部屋に並べると、その違いが消えてしまいます。
そして、大勢の前で人が追い詰められる場面は、その部屋にいた全員の記憶に残ります。処分の中身より、ずっと長く残ります。
処分を伏せるコストを、正直に書いておく
ここまで、人を見せないほうがよいと書いてきました。ただ、伏せることにも代償があります。
被害を受けた人や、近くで見ていた人には、何も起きていないように映ります。あれだけのことがあったのに、誰も責任を取っていない。そう見えます。
真面目にやってきた人ほど、この感覚は強く残ります。損をしたという記憶は、次に悪い情報を上げようとする気持ちを確実に削ります。皮肉なことに、見せない選択のほうにも、報告を止める副作用があるのです。
問題を指摘した人にとっては、もっと直接的です。何がなされたのかが分からなければ握り潰されたと受け取りますし、そこから外へ持ち出す判断までの距離は、決して長くありません。
伏せることと隠すことは、外から見ると区別がつきません。区別をつけられるのは、直したところの具体性だけです。ここが「再発防止に努めます」で終わっていると、伏せたことがそのまま隠したことになります。
伏せるなら、その分だけ、動いた実態を具体的に出す。これは選択肢ではなく、伏せることとセットで必要になる作業です。
よくある疑問
Q:処分を公表しないと、社内に示しがつかないのではないでしょうか。
A:示しをつけたいなら、認定した事実と、直した仕組みを具体的に出してください。誰がどうなったかは、その目的には必要ありません。処分の中身を知ることより、何をすると何が起きるかが分かることのほうが、人の行動を変えます。
Q:全社に共有しないと、同じことが別の部署で起きませんか。
A:共有すべきなのは、その行為が起きた条件のほうです。どういう作りだと確認を飛ばせるのか、どういう状態だと誰も止められないのか。条件を共有すれば、各部署が自分たちの業務に当てはめて確認できます。人を共有しても、当てはめる先がありません。
Q:処分を見せたことが原因だと、どうやって確かめればよいですか。
A:確かめる方法はありません。報告が減ったことと処分を見せたことの因果は、測れないからです。できるのは、悪い情報が減り始めた時期と、全社に何かを伝えた時期を並べてみることだけです。重なっているなら、そこから考える価値はあります。
Q:内部通報を受けて処分した場合、注意すべき期間はありますか。
A:2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法では、公益通報から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由とするものと推定されます。無関係であることを立証する責任が、会社側に移ります。処分の検討がいつ始まり、何を根拠に決まったのかを、その時点で記録に残しておく必要があります。
静かな組織は、直った組織とは限らない
厳しく処分した後、社内は静かになります。
この静かさは、二通りに読めます。問題が減ったのかもしれないし、報告が止まったのかもしれない。外からは区別がつきませんし、静かなほうが経営には心地よく見えます。
区別する方法は、ひとつだけあります。小さな問題が上がってきているかどうかです。直った組織では細かい報告が途切れませんが、止まった組織では、大きな問題が突然現れます。
恐れで人が動く状態は、短い期間なら効きます。ただ、数年が経つと、その組織には恐れで動く人しか残りません。声を上げようとした人は、一度試して届かないことを知り、そのうち出ていきます。
そのとき残るのは、静かで、何も起きていないように見えて、実際には誰も何も見ていない組織です。
いま社内に出している通知を、もう一度読み返してみてはいかがでしょうか。そこで見せているのは、処分された人でしょうか。それとも、直したところでしょうか。
