AIエージェントを3つ同時に走らせている。そう聞いて、自分は1つずつしか回せていないと感じた。あるいは、100台動かしているという話を見て、桁が違うと思った。
よく言われるのは、だいたいこの2つです。並列数の上限は、AIの性能ではなく自分のレビュー速度で決まる。だから作業を分ける仕組みを整えて、確認の手を速くする。
この記事が立てる問いは違います。台数の上限は、本当に自分の処理量で決まっているのでしょうか。
待ち時間が消えたとき、次に詰まるのは自分である
私はいま、文章を書く仕事を3つ同時に走らせています。AIが考えている時間が、どうしてももったいなかったからです。1つを待つ間に、別の2つへ指示を出します。
指示は音声で出しています。おおむね「オッケー」と言うだけで、次の工程に進みます。おかしなところがあれば、どこがどう変かだけを口で伝えます。
待ち時間はほぼ消えました。そして消えた瞬間に、次に詰まるものが見えてきます。自分です。
上限を決めているのは、処理量ではなく関係の数である
ここでよく言われるのが、並列数の上限は自分のレビュー速度で決まる、という説明です。5台走らせても、確認するのは自分1人だから。だから確認を速くすれば台数は増える、という話になります。
けれど、実感は少し違います。3を4にしたとき、増えた負荷は1台分ではありませんでした。増えたのは、確認する量ではありません。頭の中で同時に開いておく文脈の数です。
台数が増えると、見るべきものは台数分では増えません。それぞれの進み具合、それぞれが前に何を言ったか、そして互いが矛盾していないか。増えるのは関係の数です。
部下が5人になると、見るべき関係は100になる
この現象は、90年以上前に数式にされています。V.A.グレイクナスが1933年3月に発表した論文です。掲載誌はThe Bulletin of the International Management Institute、のちに1937年の『Papers on the Science of Administration』に再録されました。
彼が数えたのは、上司と部下の間に生じる関係の総数です。公式は f = n(2^(n/2) + n − 1) で、nは部下の人数を指します。部下が1人増えるごとに、関係は足し算ではなく跳ね上がります。
実際の数字は、こうなります。部下が4人で44、5人で100、6人で222。1933年の組織を前提に書かれた数字が、2026年のAIエージェントの台数にそのまま重なります。
100台という数字は、能力ではなく階層を指している
100台動かしている、という話には、二つの意味が混ざっています。
一つは階層の話です。もう一つは、そもそも部下ですらないものを数えている話です。順に分けます。
95台は、部下の部下である
直属が5台で、その5台がそれぞれ5台を持てば、合計は30台になります。もう一段下がれば155台です。100台という数字は、この構造のどこかを指しています。
だから、100台動かしていると言う人が特別なのは、100台を直接見ているからではありません。5台を通して100台分を動かしているからです。
経営企画室長が100人の部署を率いていても、毎日話す相手は5人です。100人と1人ずつ面談する室長は、たぶん室長ではありません。問うべきは台数ではなく、自分がその構造の何層目に立っているかです。
常時走っている分は、部下ではなく設備である
もう一つの混同は、指示を出す相手と、置いておくだけのものを同じ数え方にしていることです。情報の収集、スプレッドシートの更新、定型メールの返信。こうしたものは、確かに常時走らせます。
けれど、これは部下ではありません。設備です。工場のラインと同じで、動いている間は見ません。見るのは、異常が上がってきたときだけです。
設備は100でも1000でも構いません。数が増えても、こちらの負荷はほとんど増えないからです。負荷が増えるのは、判断を返し続ける相手を増やしたときだけです。
2027年、ホワイトカラーはAIエージェント5台に指示を出し続けている
ここからは私の予測です。学説でも調査結果でもありませんので、そのつもりで読んでください。
2027年ごろ、ホワイトカラーの標準的な働き方は、設備として数十から100台を常時走らせ、直属の5台に指示を出し続ける形になると考えています。設備の側は、これからも増え続けます。増えないのは、直属の数です。
理由は単純です。設備の数を決めているのはAIの性能ですが、直属の数を決めているのは人間の側だからです。グレイクナスの数式に出てくるnは、AIの性能ではなく、こちらの頭の数を指しています。
直属が増えるのではなく、下が深くなる
では、この5という数字は永久に動かないのでしょうか。動く可能性はあります。ただし、増える方向にではありません。
いま人間が5台しか持てないのは、課長も部長も自分でやっているからです。AIがAIを監督する精度が上がれば、その層は下へ移ります。そのとき直属は5のまま、下の深さだけが伸びます。
これは、人間の組織がとってきた形と同じです。一人が見る範囲を広げるのではなく、階層を足す。人が増えたときに組織図が横ではなく縦に伸びるのは、そのためです。
詰まるのは、自分でやった方が速い人である
では、この働き方は誰にでもできるのでしょうか。私は、できる人とできない人がはっきり分かれると見ています。ここも私の解釈です。
詰まりやすいのは、能力が低い人ではありません。逆です。自分でやった方が速い、と正しく判断できてしまう人です。
実際、自分でやった方が速いことは多い。指示を書く時間、出力を読む時間、直しを伝える時間を足せば、1回あたりは自分の手のほうが確実に短い。ここで手を出すと、5台は3台になり、やがて1台になります。
この働き方は、深く潜る時間を確実に削る
公平を期すために、逆側も書きます。5台に指示を出し続ける働き方は、確実に何かを失います。
失うのは、一つのことを長時間考え続ける時間です。指示を出し、返ってきたものを判断し、次を出す。この往復のリズムは、深く潜る作業と相性がよくありません。
だから、すべてをこの形にする必要はありません。1日のうち何時間かは直属をゼロにして、自分の手だけで進める時間を残すほうが、たぶん結果はよくなります。
判断基準は、報告の形式を先に決められるかどうか
自分がいま何台まで持てるかを測る基準を、一つだけ渡します。指示を出す前に、返ってきてほしい形を言葉にできるかどうかです。
できるなら、その仕事は任せられます。できないなら、まだ自分の中で仕事が定義されていないので、任せた瞬間に確認の負荷だけが増えます。台数を増やしていいのは、その定義ができた仕事の数が増えたときだけです。
これは、初めて部下を持った人が必ず通る道と同じでした。任せられないのは相手の能力の問題ではなく、渡し方が決まっていないからです。AIエージェントでも、起きていることは変わりません。
決めておくのは、握るもの、粒度、例外の3つ
実際に決めているのは3つです。自分が最後まで握るものは何か。どのくらいの粒度で報告させるか。想定外が起きたとき、どこで手を止めて上げさせるか。
権限の範囲とエスカレーション経路を先に決めよ、というのは、AI導入の手引きでよく見る話です。読むと当たり前に見えます。ただ、これは導入時に一度決める設定の話ではありません。1台ごと、1タスクごとに決め直すものです。
そして、これを決める作業そのものが、5台という上限を作っています。台数を増やしたいなら、確認を速くするより、渡し方の型を増やすほうが効きます。
よくある疑問
Q:AIエージェントは、何台まで同時に動かせるのでしょうか。
A:常時走らせておくだけの分には、実用上の上限はほとんどありません。上限があるのは、自分が判断を返し続ける相手の数のほうです。この数は5前後で頭打ちになります。理由は処理量ではなく、台数が増えると見るべき関係の数が跳ね上がるからです。
Q:並列で動かすと確認が追いつきません。どうすればいいでしょうか。
A:確認を速くする方向では、あまり伸びません。伸ばすなら、指示を出す前に返ってきてほしい形を決めておく方向です。形が決まっている仕事は確認が数秒で終わり、決まっていない仕事は何分でも溶けます。
Q:AIに任せていると、自分の力が落ちませんか。
A:落ちる部分と、落ちない部分があります。手を動かす速さは落ちます。何を作るべきかを決める力は、判断の回数が増えるぶん、使う頻度がむしろ上がります。
直属の数は、AIの進歩では増えない
AIエージェントは、これからも速くなります。安くもなります。同時に走らせられる数も増えます。
増えないのは、こちらの数です。1933年に計算された関係の数は、モデルが新しくなっても変わりません。だからこれから問われるのは、何台動かせるかではなく、5台に何を任せるかのほうです。
台数を増やす前に、一度だけ数えてみてはいかがでしょうか。いま自分が判断を返している相手は、何台でしょうか。そして、そのうち何台が、本当の直属でしょうか。





