独自性を上げても苦しさは減らない。減るのは没頭できる先が増えたとき

夜の11時半に、それは来ます。何か自分にしかできないことをしていないと落ち着かない、という感じです。ドラムでも仕事でも同じで、手が空いた瞬間にやってきます。40歳になれば消えるものだと思っていましたが、消えませんでした。

この状態は、たいてい承認欲求として説明されます。認められたい、評価されたい、比べて勝ちたい。だから解決策のほうも、評価を気にしないことや自己肯定感を育てることといった形になります。

ただ、評価されたいと思っていない人にも、この感覚は来ます。しかもその判断は、手を止めてから眠るまでの数十分のあいだに下されていて、そこから40年先までを見通したことになっています。この記事が扱うのは、その数十分に何が起きているのかです。

目次

評価されたくない人にも、独自性を出さなければという感覚は来る

私は、書いたものに自分の名前を出していません。順位が上なら少しは嬉しいのですが、それを誰かに見せたいとは思わないからです。むしろ見せてしまうと、面倒な人が寄ってきます。

評価されると、自分だけのものではなくなる感じがして、希少性が下がったように思えてやる気が落ちます。だから私にとっては、観客はいないほうがいいくらいのものです。

それなのに、独自性を出さなければという感覚だけは毎晩やってきます。承認欲求という説明が合わないのはここで、誰にも見せていないのに、なぜ独自でなければならないのかが説明できません。

毎晩ちがう理由が来るのに、感覚のほうだけが同じだった

独自性が足りないと気づいて、それで苦しくなるのだと思っていましたが、順番は逆かもしれません。

貼られる理由は、その夜によって違います。独自性がない、才能のある人がいる、年収が足りない、何も持っていない。理由が毎回入れ替わるのに、来る感覚のほうはいつも同じです。それなら、原因は理由の側にはないことになります。

消えたのは、朝になったときだけだった

原因を絞るために、変えても消えなかったものを並べます。

1つ目は経済的な条件です。条件が良くなれば収まるだろうと思っていましたが、収まりませんでした。2つ目は睡眠です。私は睡眠を計測していますが、この感覚が強く出た夜も、寝つきと睡眠時間はほとんど変わっていません。休養不足で説明できる範囲を超えています。

消えたものは1つだけで、朝になったときです。同じ問題が同じだけ残っているのに、恐怖のほうだけが消えています。昼のあいだもほとんど出てきません。出るのは、手を止めたあとです。

残るのは時間帯だけで、手を動かしていない時間にだけ出てきます。

10代で読んだ月刊誌に、2つ書いてあった

これには心当たりがあります。10代のころ、生きるのがしんどくなった時期がありました。この先ずっとこれが続くのかと思うと、輪郭のない恐怖がありました。何が怖いのかを、そのときの自分でもうまく言葉にできませんでした。

そのころに家にあった月刊誌に、その恐怖を消す方法として2つ書いてある、と読み取りました。利他の心を持つことと、何かに没頭することです。ここは記憶の話で、原文がそう書いていた保証はありません。10代の自分がそう受け取った、というだけです。

ただ、この記事にとって大事なのは原文の中身ではなく、2つあったうちの片方だけを採用した、という事実のほうです。私は没頭のほうを採りました。そして、これはよく効きました。没頭しているあいだ、あの恐怖は本当に消えてしまうからです。効いたので、その後ずっと同じやり方を使い続けています。

効いているあいだしか効かないので、切れれば戻ってきます。夜になると来るというのは、たぶんそういうことです。

中学で、作ることは一人でいるための条件だった

では、なぜそこで独自性の話になるのでしょうか。

没頭するには対象が要りますが、私の場合、その対象がクリエイティブでした。中学のころ、くだらないと思っている相手にくだらない話を合わせるのが苦痛で、それをやらずに済む手段が、何かを作っていることだけだったからです。作ってさえいれば、輪に入らなくても一人でいることが許されました。

つまり、作ることは一人でいるための条件でした。そしてその条件は、人と同じことをしていては満たせません。同じなら、輪に入っていない理由の説明がつかないからです。だから対象のほうに、独自でなければ無効という規則が最初から付いていました。

効いている薬は没頭のほうで、独自性はたまたま選んだ対象に付いてきた規則にすぎません。この2つが混ざったまま、20年以上動いてきたことになります。

分けて考えると、やることが変わります。独自性を上げても恐怖は減りません。独自性は没頭を続けるための入場条件なので、満たしたところで入場が続くだけだからです。しかもその条件は毎回更新されて、前より独自であることを求められるので、終わりが来ません。

独自性の審査が入らない没頭が、2種類ある

増やすのは対象のほうです。条件は1つだけで、独自かどうかの判定が入らないものを選びます。

ここでいう審査は、他人と比べて自分にしかできないかを判定する働きのことです。うまくなったかどうかの採点とは別のものとして扱います。

1つ目は上達そのものです。同じ練習を昨日より正確にやるだけなので、基準が自分の側にあり、独自かどうかの判定が入りません。うまい下手の採点は残りますが、その採点には上限があります。正確に叩けたかどうかには終わりがあるからです。ドラムでいえば、新しいフレーズを作るのは独自性の審査があり、同じフレーズの精度を上げるのはありません。同じ楽器で、どちらもできます。

2つ目は、10代で受け取ったもう半分、つまり利他のほうです。誰かの役に立つことには、誰も思いつかなかった方法である必要がありません。それでいて、やっているあいだは没頭できます。

Q:独自性を手放したら、作ること自体をやめてしまうのではないでしょうか。 A:やめる必要はありません。ここで外すのは作ることではなく、作ったものが独自かどうかを毎回判定する働きのほうです。判定は没頭を中断させるので、続けるほど没頭できる時間が減っていきます。

ただし、片方はまだ採用していない

正直に書いておくと、私はこの利他のほうを、20年以上まったく採用していません。

理由もはっきりしていて、利他には他人が要るからです。私が没頭を選んだのは、そもそも他人と関わらずに一人でいるためでした。処方箋の片方は、私が避けてきたものの真ん中に置かれています。

だからここは、効いた記録として書けません。まだ試していない半分がある、という報告です。実際にやってみて効かなかったなら、条件のほうを見直す必要があります。

夜に出た結論は、翌朝まで採用しない

対象を増やしても、夜のあの感覚は消えないと思います。減るのは来る回数のほうで、ゼロにはなりません。消えないものを消そうとすると、それ自体が新しい課題として増えていきます。

そこで、来てしまった夜のほうにも手当てが要ります。手を止めてから眠るまでの数十分に出た判断は、いったん朝まで保留にします。翌朝になっても同じ結論が立っているなら、そのときに採用すればよく、だいたいは立っていません。

夜が全部まちがっているわけでもありません。構造そのものはよく見えていて、壊れているのは深刻さの目盛りのほうだからです。夜に見えたことは書き留めておいて、夜に出た判決だけを採用しない。いまのところ、この分け方が一番実用的でした。

減るのは苦しさの総量ではなく、来る回数である

やることは3つです。独自性を上げにいかないこと。日中に、独自かどうかの判定が入らない没頭を増やすこと。そして夜に来たら、その夜の結論を翌朝まで採用しないこと。

上の2つは来る回数を減らす手当てで、3つ目は来てしまった夜の手当てです。時間帯が違うので、どちらか片方では届きません。

なお、この状態が何か月も続いて日常に支障が出ているなら、専門家に相談したほうがいいと思います。ここで書いたのは、仕組みの整理だけです。

今夜また来たら、独自性の話としてではなく、いま手が止まっているという話として見てみてください。

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